人見常務が見出した1番ピンとは何だったのか? それはCAE、つまりコンピュータを用いた解析計算であり、平たく言えばコンピュータシミュレーションの徹底活用だ。
以前の開発では、試作部品を作ってテストを行い、問題が出たら改善した次期試作を制作。それを延々繰り返しながら一歩ずつゴールに近づいていく。しかし開発には期限があるので、結局はやり切らないまま、勘と予測で押し切ることになる。
その結果、量産が遅延し、遅延分の人件費がかかってコストが増加、最後の力業のせいで品質問題が多発、その改善に人手を取られて、慢性的に多忙となる。
すると、人の意識が防衛的になって、自分の部門で難しいことを引き受けることを回避し、チャレンジを避ける。技術力は低下するし、士気も落ちる。当然人材育成も進まない。
問題がスパイラル化して、次々と問題を起こし、しかも鶏と卵のように、サイクル化してしまっている。これでは良いものは作れないし、労働環境も改善しない。
だから、人見常務は考えた。「試作とテスト」のサイクルを脱却しないとどうにもならない。それができる方法があるとすれば、CAEを導入したシミュレーションしかない。実物を作ってテストするというサイクルと比べれば、シミュレーション上で設定を変えるのははるかに手間が少なく、結果が出るのも早い。
可能な限り、従来の「試作・テスト」をシミュレーションに置き換える。CAEの速さなら、これまでと違い最後までやり切ることができる。量産の遅延はなくなり、人件費も減ってコストが下がる。品質問題も減るので、改善の工数も減らせる。
そうなれば、エンジニアは本能的に新しい技術にチャレンジしたくなる。難しい技術にチャレンジする空気になって技術力も向上する。士気は高まり、人材育成も進む。1番ピンさえやっつけることができれば、全てが解決するのだ。
マツダではこのCAE開発をさらに発展させ、基礎的な数式モデルを作成して、個別車種ではなく全てのモデルに普遍的に適用するモデルベース開発(MBD)によってさらなる生産性改革へと昇華させた。マツダの看板とも言えるSKYACTIVはこのMBDを用いて、共通にすべき特性を固定し、個別の個性を出すべき部分を変動させることで生まれたのだ。
マツダの場合、これらの手法を働き方改革として取り入れたわけではない。マツダが自動車メーカーとして生き残っていくために、必死で取り組んだ生産性改革の成果が、結果的に働き方改革になっているだけだ。しかし、人もお金もない中でより良い製品を作っていかなければ死ぬだけだと腹を括って徹底したからこそ、今の勢いがあるマツダにたどり着き、社員の士気を高めることに成功したのだ。
ひとつ気になることがあった。人見常務が天才であればあるほど、余人に代えがたいことになる。しかし属人的なスキルは企業のノウハウとは言えない。筆者はその問題について、頭の中では具体的に「ポスト人見常務」という意識を持ちつつも、あくまでも一般論として、一体どうやってノウハウを組織に取り込んでいくのかを尋ねた。
人見常務の答えである。「属人化している部分は絶対にあります。その方面は滅茶苦茶得意な人っているんですが、今までの制度では満遍なくいろいろなことができないと評価されませんでした。例えばしゃべりがダメとか。でも、問題を見つけるという能力が素晴らしかったら、それをちゃんと評価する仕組みを作って、『ああいう風にできたらしゃべりが苦手でもちゃんと処遇されるんだ』と周りが思えるように人事制度を変えていかないとダメなのです」。
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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