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» 2019年12月24日 06時00分 公開

科学技術立国・日本崩壊の真相:「フラッシュメモリー産みの親」東芝が敗北した真の理由 (2/3)

[毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班,ITmedia]

投資判断スピードで後れ

photo NAND型フラッシュメモリーの世界シェア (C)毎日新聞社

 部品業界では供給が滞るリスクを避けるため、必ず複数のメーカーが必要とされる。新たな市場を開拓する手段として東芝が92年にサムスンにNAND型の技術供与をすると、サムスンはすぐに巨額の投資に踏み切り、それが奏功した。

 80年代に東芝の半導体事業を率い、94年に退任した元副社長の川西剛氏は「投資するかしないか、東芝が役員会でもたもた議論しているうちに、サムスンはこれが伸びると信じて投資した。スピード感に差があった」と話す。関係者によると、技術供与の後も社内には「本当にもうかるのか」という懐疑論があったという。

 東芝はフラッシュメモリーを立体的に積層するなど記憶容量を高める技術を次々と生み出した。だが、需要に柔軟に対応しきれなかったため先行者利益を生かせず、サムスンの後塵(こうじん)を拝し続けた。90年ごろにはトップシェアを誇ったDRAMでもサムスンに抜かれ、2001年に撤退を決めた。

 判断が遅れた要因には、東芝が家電から原子力まで多種多様な部門を抱える総合電機メーカーだったことが挙げられる。投資のバランスをとる必要があり、他部門の不振で思い切った意思決定は難しかった。

 長内厚・早稲田大教授(技術経営論)はそれに加え、経営戦略の不在を指摘する。

 「東芝に限らず日本の大手企業の多くは、技術的な優位性があればビジネスでも優位に立てるという思い込みから、同じ失敗を繰り返している。自ら開発した技術がそのまま製品の価値になった70〜80年代の成功体験が忘れられないからだろう。経営の課題を全て技術の問題として解決しようとしてきたところに問題があった」

 パナソニックのプラズマテレビやシャープの液晶パネルなど、日本メーカーの場合、技術は優れているのに世界的な競争に勝てないケースが目に付く。長内氏によれば、一方のサムスンは安く大量に作って売るという戦略の下で、収益を次の事業に投資するサイクルを繰り返して成長してきたという。

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