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» 2020年02月12日 15時00分 公開

長浜淳之介のトレンドアンテナ:埋没気味だった「喜多方ラーメン坂内」が逆襲を開始 あっさり味が国内外で支持されそうな理由 (1/6)

1990年のピーク時には89店を展開していた「喜多方ラーメン坂内」。最近は埋没気味だったが、米国に進出したり、国内の店舗数を増やしたりしている。「あっさり味」が武器になる理由とは。

[長浜淳之介,ITmedia]

 1980年代から90年代初頭にかけて、ご当地ラーメンとして一世を風靡(ふうび)した「喜多方ラーメン」。福島県内陸部の会津地方にある小都市、人口約4万6000人の喜多方市で生まれた名物だ。「淡麗系」と呼ばれる透き通ってあっさりしたラーメンスープの流行とともに、喜多方ラーメンの人気がじわじわと復活してきている。

喜多方ラーメンの味を全国に広めた

 ご当地ラーメン全盛期に、喜多方ラーメンの味を全国に広めたのが「喜多方ラーメン坂内」だ。坂内の国内の店舗数は66店で、最も落ち込んでいた約10年前の56店から、店舗数を戻してきている。90年頃のピーク時には最大89店を展開していた。しかし、その後、店主の創作性を競うご当人ラーメンのブーム、さらにはつけ麺ブームといったラーメンのトレンドから外れ、埋没していた時期もあった。

 しかし、淡麗ブームだけでなく世界的な和食ブームをチャンスと見て、2014年には米国に進出し、6店舗を展開。再び勢いが出てきた。

チャーシューで麺が見えない看板メニュー「焼豚ラーメン」

日本三大ラーメンと呼ばれた

 かつての坂内は、「蔵太鼓」や「麺ロード」などのチェーンとともに、喜多方ラーメンの普及に貢献。その結果、いつしか喜多方ラーメンは、札幌のみそラーメン、福岡の豚骨ラーメンと並んで、日本三大ラーメンと呼ばれるようになった。

 札幌と福岡がそれぞれ北海道と九州を代表する大都会なのに対して、喜多方は福島県の小都市。会津に限っても、会津若松の陰に隠れていた。ちなみに、会津若松で創業し、全国区になった企業に幸楽苑がある。

 ラーメンの普及により、喜多方の知名度は全国区となった。その成功がもたらした影響は大きい。地域のラーメン文化が観光資源と見なされるようになり、白河(福島県白河市)、尾道(広島県尾道市)、佐野(栃木県佐野市)、和歌山(和歌山県和歌山市)、徳島(徳島県徳島市と周辺部)など、各地のご当地ラーメンが立て続けにブレーク。幅広い人気を獲得していった。

 地域の食で街を活性化するグルメイベントも、喜多方ラーメンのブレークがなければ、これほどまでに盛んにはならなかったかもしれない。

 今回は、喜多方ラーメンと坂内の歩みにスポットを当ててみたい。

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