「朝、店頭に並べない現役世代を尻目にマスクを買いだめする老人」
「本当は在庫を隠しているのだろうと店員に食い下がる高齢男性」
「列に割り込み、注意した人に暴力を振るう70代男性」……。
今回のコロナ禍では日本全体が緊張感につつまれるなか、一部の高齢者による地域社会でのモラルが皆無な行動に対し、「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種となりそうな状況です。一方で、高齢者がなぜそのような行動に走るのかを、自分の将来の姿に重ね合わせながら考えるきっかけにもなった人は多いのではないでしょうか。
定年を境に男性は、それまでの会社生活とは異なる環境変化に戸惑い、なかにはうつや認知症を引き起こしたり、病気までとは言わないまでも、怒りっぽくなったり、暴言や奇行が目立つようになったりするケースが見受けられます。それらは介護や認知症並みに地域や家庭での深刻な問題になっているのが現実です。
そこで大事なのが50代の現役のうちに、定年後のさまざまなことを想定しておき、準備しておくことです。この連載では、『定年を病にしない』(ウェッジ刊)より、医学博士の高田明和氏が、50代のうちに「定年後の自分」に早く向き合う必要性を事例とともにお伝えします。今回は、定年を機に家に「引きこもるだけ」の毎日を送る男性の事例です。
食品メーカーを定年まで勤め上げた哲夫(62歳)は、出世には興味がなかった。リストラ候補にされて閑職へと追いやられたが、かえって責任が軽くなったとよろこんだくらいだ。退職金が1000万円入り、800万円の貯金があった哲夫は独身ということもあって再就職せず、年金がもらえるまで細々(ほそぼそ)と暮らしていくことにした。
インドア派の哲夫は、部屋でオンラインゲームやネットサーフィンをしているだけでも至福だった。親しい友達はおらず、外出といえば近所のスーパーに食べ物を買いに行くのと、たまに秋葉原の電気街に行くくらいだった。健康のことが少し気になったが、面倒なので食事に気をつけたり、運動したりする気はなかった。今年、84歳になる母(父は死亡)が実家におり、哲夫は1人っ子だったが、実家に帰るつもりも、引き取るつもりもなかった。
2019年に内閣府が満40歳〜満64歳を対象にした引きこもり調査によると、中高年の引きこもりは61万3000人。今回の調査では「自室からほとんど出ない」「自室からは出るが家から出ない」「近所のコンビニなどには出かける」「趣味の用事の時だけ外出」の4つの問いを設定。いずれかに該当し、かつ6カ月以上その状態が続いているケースを広義の意味での引きこもりと定義しました。
男女比は4分の3が男性で、理由は「人間関係がうまくいかなかった」「病気」などに加えてもっとも多かったのが「退職」でした。この問題は団塊ジュニア世代が定年したら、ますます深刻になるでしょう。
中高年の引きこもりは、敏感な気質(HSP)が関係していることがあります。敏感に反応するのに疲れ、周りの人との関係を絶ってしまう人はめずらしくありません。哲夫さんは引きこもりに当てはまりますが、至福の日々を過ごせているのは素晴らしいことです。ただ、HSPなのかもしれません。健康も気になります。ちゃんとした食事をとらず、運動不足なので、年を取るほど病気になるリスクが高くなるでしょう。
哲夫さんのお母さんが84歳と高齢なのも気になります。近い将来、介護が必要になる可能性が高いからです。「平成30年版高齢社会白書」(内閣府)によると、要介護者などと同居している主な介護者の年齢は男性で70.1%、女性で69.9%が60歳以上となっています。つまり、老老介護のケースもかなり存在していることが分かります。
哲夫さんは1人っ子なのでお母さんの介護が始まれば、いまの生活を続けるわけにはいかないでしょう。また、独身の哲夫さん自身が大病すれば、世話をしてくれる人がいないわけですから、リスクに備えて、いろいろと考えておいたほうがいいでしょう。
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