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» 2019年12月05日 05時00分 公開

マシリトが行く!【中編】:「これさぁ、悪いんだけど、捨ててくれる?」――『ジャンプ』伝説の編集長が、数億円を費やした『ドラゴンボールのゲーム事業』を容赦なく“ボツ”にした真相 (1/7)

鳥山明氏の『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』の担当編集者だったマシリトこと鳥嶋和彦氏はかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイに対して、数億円の予算を投じたゲーム開発をいったん中止させた。それはいったいなぜなのか。そしてそのとき、ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。“ボツ”にした経緯と真相をお届けする。

[伊藤誠之介,ITmedia]

 9月26日にUnite Tokyo 2019運営事務局主催の「Unite Tokyo 2019」がグランドニッコー東京で開催された。今回はその中のセッション「出版社とゲーム会社はなぜすれ違う? ドラゴンボールのゲーム化で酷(ひど)い目にあった…もとい勉強させて頂いた話」の模様をお届けする。

 この講演の主役は、『週刊少年ジャンプ』伝説の編集者「Dr.マシリト」こと白泉社会長の鳥嶋和彦氏である。鳥山明氏の超人気マンガ『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』の担当編集者だった鳥嶋氏はかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイ(現・バンダイナムコエンターテインメント)のプロデューサーに対して、数億円の予算を投じたそのゲーム開発をいったん中止させるという、強烈なダメ出しを行ったという。それはいったいなぜなのか。そしてそのとき、ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。この講演は、そうした点について当事者たちが改めて振り返ってみるという企画である。

 当日は、ダメ出しを行った張本人である鳥嶋氏に加えて、ダメ出しを「された側」であるバンダイナムコエンターテインメント取締役の内山大輔氏と、バンダイナムコホールディングスIP戦略本部アドバイザーの鵜之澤伸氏が登壇した。内山氏は「ドラゴンボールZ1〜Z3」に加え「.hack」や「ナルティメットヒーロー」など、ゲームの大ヒット作をプロデュースし、鵜之澤伸氏はTVアニメ『機動警察パトレイバー』のプロデュースも手掛け、バンダイナムコゲームスの社長を務めていたことで知られている。

 司会進行は、ゲーム情報サイト「電ファミニコゲーマー」を運営している株式会社マレ社長の平信一氏が務めた。

 記事の前編「『ジャンプ』伝説の編集長が、『ドラゴンボール』のゲーム化で断ち切った「クソゲーを生む悪循環」 」はすでにお届けしたが、今回の中編では、バンダイナムコが当時、開発費として数億円を投じていた『ドラゴンボール』のゲームプロジェクトを一度“ボツ”にした経緯と真相をお届けする。

phot 鳥嶋和彦(とりしま・かずひこ)白泉社代表取締役会長。1976年に集英社へ入社後、『週刊少年ジャンプ』編集部に配属される。編集者として鳥山明、桂正和に代表される多くの漫画家を育成。『ジャンプ放送局』や『ファミコン神拳』といった企画ページも担当し、93年には『Vジャンプ』を立ち上げた。原稿を容赦なくボツにする“鬼編集者”としても有名で、『Dr.スランプ』のDr.マシリト、『とっても!ラッキーマン』のトリシマンなど、ジャンプ連載作品に登場するキャラクターのモデルにもしばしばなっている(撮影:山本宏樹)
phot 鵜之澤 伸(うのざわ・しん)バンダイナムコホールディングスIP戦略本部 アドバイザー。バンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)元社長。1981年にバンダイに入社し、ホビー部で「ガンプラ」や「ザブングル」といった玩具の営業・企画に関わった。83年からはフロンティア事業部で映画やアニメのプロデュースを開始。以降、『機動警察パトレイバー』(TVシリーズ、OVA)など多数の作品をプロデュースする
phot 内山 大輔(うちやま・だいすけ)バンダイナムコエンターテインメント取締役。CE事業部事業部長。コンシューマゲームのプロデューサーとして、「ドラゴンボール」や「NARUTO −ナルト−」などといったキャラクターゲームほか、さまざまなゲームに参画。過去には、「.hack」シリーズの初代担当プロデューサーとして、クロスメディア・プロジェクトも立ち上げた。現在は、同社のコンシューマ事業の責任者として、事業全体を統括している

開発費数億円のゲームを「悪いけど、捨ててくれる」の一言で“ボツ”に

平氏: まぁそんなわけで、(前編記事「『ジャンプ』伝説の編集長が、『ドラゴンボール』のゲーム化で断ち切った「クソゲーを生む悪循環」 」で)出版社とゲーム会社がどういうやりとりをしているかというのは一通り説明できたと思いますので、本題について、実際に内山さんが直面した事例を参考にしながら、当時どういうやりとりをしてきたのかを聞いていこうと思います。

 これは内山さんのほうから、スライドを読みながら解説していただいてよろしいですか。

phot 当日のスライド「Dr.マシリト伝説」(以下、資料はマレ提供)

内山氏: 2003年ですから、今から16年前になりますけれども。僕は『ドラゴンボールZ』【※】というプレイステーション2の格闘アクションゲームをプロデュースさせていただきまして。これが出た03年というのは、実はアニメの『ドラゴンボールZ』も『ドラゴンボールGT』も、『ジャンプ』でのマンガの連載も終わっていた時期なんですね。

phot ※PS(プレイステーション)2『ドラゴンボールZ』:『ドラゴンボールZ』のストーリーを再現したバトルが楽しめる、対戦アクションゲーム。2003年2月にプレイステーション2で発売されたほか、同年11月にはゲームキューブでも発売された。本作の好評により、『ドラゴンボールZ2』『ドラゴンボールZ3』とシリーズ化された(ソニーのWebサイトより)

 人気作品を商品化するときは普通、当然ですがアニメが流れているころにタイミングをしっかり合わせて、子どもたちに売っていこうするわけです。そういうところから見ると『ドラゴンボールZ』は当時、商品展開ができる環境ではなかったんです。

 ただ僕は、入社直後から『ドラゴンボール』のゲームをやらせていただいていましたし、その少し前にプレイステーション(PS1)で『北斗の拳』のゲーム【※】を作ったら、懐かしい作品としてけっこう売れまして。それで「『ドラゴンボールZ』も“懐かしい需要”で売れるんじゃない?」と思ったんです。

phot ※『北斗の拳 世紀末救世主伝説』:2000年10月に初代プレイステーションで発売されたアクションゲーム。通常のストーリーモードに加えて、「世紀末シアター」モードも搭載。こちらのモードは、原作の物語を再現したデモムービーのせりふを、他のキャラクターのせりふと自由に入れ替えられるというもので、シュールなやりとりが楽しめると、カルト的な話題を呼んだ(ソニーのWebサイトより)

 それで鵜之澤と話をしまして、この格闘ゲームを作り始めまして。ところがこのとき、面白いものを作って持っていけば、きっと「いいね」と言ってもらえるだろうと思ってですね、『ジャンプ』編集部さんにちゃんと説明をしていなかったんです。今、目の前に当時の内山大輔がいたら、とっ捕まえていろいろと言いたいことがあるんですが、当時は「いいじゃん」ぐらいで非常にユルかったんです。

 ところがですね、「バンダイの小僧が『ドラゴンボール』のゲームを、編集部がちゃんと話を聞いていないのに、勝手に作っているらしいぞ」という噂(うわさ)が、『ジャンプ』編集部にまで届いたらしくて。それで鵜之澤と僕に、お呼び出しがありまして……。

phot マシリトからの「お呼び出し」の結果は……
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