ASEANでモテモテだった日本の企業 その将来に漂う暗雲何が起きているのか(4/4 ページ)

» 2021年10月25日 05時00分 公開
[桂木麻也ITmedia]
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指数関数の曲線の先を見通せるか?

 私が子どものころに読んだ「ドラえもん」の未来の道具の中に、テレビ電話があった。電話機に画面がついていて相手の顔を見ながら話せるという道具で、そんな将来が来るのかとわくわくしたのを覚えている。今、私は携帯のLINEやFaceTimeのアプリを使い、米国に住む娘と顔を見ながら話をする。子どもの頃に夢見た未来の世界は、私の手のひらの中で簡単に実現している。目下、あらゆる産業でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進行しており、テレビ電話のような例は枚挙にいとまがない。

 DXとは何か。テクノロジーにより現実世界のあらゆる事象がネット上の仮想世界に取り込まれ、そこでの事象や経験がシームレスに現実世界にフィードバックされることで、現実の世界の利便性が格段に向上する流れを指す。ここにAIや量子コンピュータによるパワーが加わると、その流れは一層加速する。DXはあらゆる産業で発生するため、これまでにない新しいビジネスチャンスが訪れると期待されている。その機会を捉えようと、多くの企業では「次世代ビジネス開発部」のような名称の部署を立ち上げて、新しいビジネスチャンスの獲得に躍起になっている。

 ただ事はそう簡単ではないようだ。実際、私の元にも次世代ビジネスの構築について相談が多く寄せられる。相談内容は多岐にわたるが、端的にいえば、「何をしていいか分からない」という根源的な悩みであることが多い。つまり、ビジネスモデルの構築そのもので難儀しているのである。

 それも道理である。再びドラえもんのテレビ電話の例で説明しよう。私が見たものは、電話機そのものに画面が付属されていて、リビングの一角に設置されたその機械の周りに皆が集まってテレビ電話を楽しんでいるという図であった。当時の電話機は固定。テレビももちろん固定である。しかし私が娘との会話を楽しむテレビ電話は、手のひらに収まり話す場所を選ばない。しかも費用はWi-Fi環境であれば無料だ。DXがもたらした通信の未来形は、固定電話機の延長ではなく、全く新しい概念のデバイスであった。そう、DXの元では、未来は一次関数の直線の先ではなく、指数関数の曲線の先にあるのだ。DXの進行とともに、曲線の傾きは急になるため、事業環境の予見はますます難しくなり、ビジネスモデルの構築にも難儀をしてしまうのである。

 日本人は模倣と改善は得意であるが、新しい概念を立ち上げてそれで陣取り合戦に勝っていくのは苦手だ。ガラケーの機能強化はできても、iPhoneを生み出すことはできなかった国民なのである。

 そのような弱点がある中、増大する事業遂行上の不確実性の元で、ますます「決められない」事態は継続するであろう。折しも、ASEAN財閥のファミリーも代替わりが進んでおり、創業者の子どもや孫という「次世代」が経営の指揮をとり始めている。彼らの多くは、欧米のビジネススクールで学位を取るような俊英である。DXによる変革とそれに付随する利便性の向上は、場所も所得水準も選ばない。豊かになりつつあるASEANの中間層は、より貪欲に新しいサービスと利便性を求めるであろう。そのニーズに応えるため、ASEAN財閥や現地企業はソリューションをも提供してくれるパートナーを求めるはずだ。品質・信頼・投資スタンスでこれまでモテモテだった日本企業。間違いなく潮目は変わっていることに気付いているだろうか?

著者プロフィール

桂木麻也

 インベストメント・バンカー。メガバンク、外資系証券会社、国内最大手投資銀行等を経て、現在は大手会計会社系アドバイザリーファームに勤務する。ASEANでの7年に及ぶ駐在経験から、クロスボーダーM&A及び、ASEAN財閥の動向について造詣が深い。慶應義塾大学経済学部卒、カリフォルニア大学ハーススクールオブビジネスMBA保有。

 著書に『ASEAN企業地図 第2版』『図解でわかるM&A入門』(いずれも翔泳社)がある。


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