「新NISA」が証券業界を崩壊させる意外なワケ LINE証券の廃業は序章か古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2023年06月16日 12時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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証券会社にとって、新NISAはデメリットが大きい?

 新NISAとは、2024年から現行のNISA関連制度を大幅に拡充する非課税投資制度だ。現行の一般NISAにおける非課税投資枠が600万円、つみたてNISAは800万円であったのが、24年の新NISAからは合計1800万円まで拡大される。また、一般5年、つみたて20年といったNISAの非課税期間の縛りもなくなり、年間最大360万円まで投資できるようになる。

 NISA預かりの金融商品を売却しても、従来と異なり翌年には枠が復活する。このため、年間360万円以上投資しない層にとっては、もはや特定口座を使わなくても、NISA口座だけで資産運用を完結させることも不可能ではない。

photo 証券会社にとって、新NISAはデメリットが大きい?(画像はイメージです。提供:ゲッティイメージズ)

 自由度が一気に広がった新NISAは個人投資家のみならず、これまで投資をしてこなかった層も大きな関心を寄せている。国民の投資活動の活発化が予想される反面、特に歴史の浅い証券会社、金融サービスにおける収益性に疑問符がついてくる可能性がある。

 具体的には証券業界の収益の柱である「手数料ビジネス」が成立しなくなる可能性が高い。LINE証券が少なくとも手数料を多く取れるFX事業だけを残して、その他の証券ビジネスから撤退した背景には、新NISAが手数料ビジネスに大きな変化を起こすと読んでいる可能性があるのだ。

NISA口座「手数料無料」の慣習

 現在、NISA口座を提供する多くの証券会社は、取引手数料や口座管理手数料を徴収していない。その理由は、年間40万円ないし、120万円にかかる取引手数料は微小であるからだ。その部分を有料にして他社にNISA口座のサービスで劣後するくらいであれば、手数料を徴収せず口座開設を増やした方がいいという判断だ。

 NISA口座で集めた顧客を、取引手数料のかかる特定口座や信用取引、FXといった収益性の高いサービスに誘導することで長期的な収益を見込んでいる。そんな構造は「新NISA」の導入により、根底から覆ることになる。多くの国民にとって、1800万円という投資枠は額として十分過ぎるほどであり、わざわざ特定口座や信用取引に移行する必要がないからだ。

 またNISAは1人1口座しか作成できず、顧客としては1つの証券会社に資金を集中させる必要が出てくる。投資初心者であったり、サブ口座として利用されがちな新興証券会社については、新NISAが施行されるとともに資金引揚げの憂き目に遭う可能性がある。

 LINE証券では、つみたてNISAの手数料を無料で提供していることから、新NISAにおいても手数料無料で提供する可能性が高かった。したがって、顧客が残ったとしてもそのほとんどは手数料収入が期待できない層となる可能性が高く、収益見込みが大幅に悪化する懸念があった。

 仮に手数料ビジネス以外で収益を上げるとすれば、例えば大手証券会社のように自社で投資信託などを組成・運用することで信託報酬を稼いだり、FXや暗号資産のような新NISA制度の範囲外にある商品で手数料を取ったり、といった選択肢に限られてくるだろう。

 いずれにせよ、LINE証券はすでに証券会社として運営する以上、事業を撤退しなければ特定口座の管理コストが嵩んでしまう。今から投資信託を組成するために運用会社などを設立しても、タイミングとして後れを取るのは明らかだ。

 このような状況下で、LINE証券は自社のビジネスモデルの持続性を見極め、事業の廃止を決断したとみられる。戦略的には優れた判断であったといえるだろう。

新興証券に大逆風?

 このような構造は、何もLINE証券に限った話ではない。ちまたでは2010年代後半から提供サービスを絞った新しいビジネスモデルの証券サービスが増えてきた。そしてそのようなサービスは新NISAがもたらす破壊的変革、つまり手数料収入の激減と、大手証券への顧客流出という二重苦に耐えきれない可能性がある。

 これまでの新興証券はデジタルテクノロジーの進化に伴い、証券取引の仕組みや手続きが簡素化され、より使いやすいサービスが提供されてきた。そのためテクノロジー企業やフィンテック企業が証券ビジネスから手を引くようになってしまうと、業界の進化が再び遅れるというデメリットが生じてしまう。

 政府の推し進める投資促進によって証券会社が苦境に陥ってしまうことはやや不合理といえるだろう。そして、そのツケは最終的に顧客へ転嫁される可能性が高い。例えば、新NISAの手数料が有料化したり、口座維持手数料が付加されたり、運用コストが高いNISA対応の投資信託が生まれ、隠れ手数料を支払ったり……といったサービス品質の低下が見込まれる。

 そんな状況に応えるため、政府は証券会社に対して経営努力を強いるだけでなく、新NISAの口座数に応じた補助金の支給など、業者側も守っていくような施策が求められるだろう。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら


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