この実験自体は、あくまでもネズミを対象に行ったものなのですが、ヤーキース・ドットソンの法則は人間にも広く応用され、さまざまな理論に発展しました。
例えば、ゾーンとかフローと呼ばれる状態は、逆U字曲線の極大に達したときで、実力を発揮できる理想的な心理状態です。ポジティブ心理学として広まりつつあるフロー研究も、プレッシャーによって引き出される人間の力に焦点を当てたものです。
最近のトレンドはもっぱら「褒めて、伸ばす」なので、時代に逆行しているという指摘も少なくありません。
しかし、多くの人が「プレッシャーが自分を成長させた」「壁を越える原動力になった」という経験をしているため「良いプレッシャーと悪いプレッシャー」に関する研究が広がりました。
そこで分かったのが、人間関係の重要さです。
潜在能力を引き出すプレッシャーの臨界点は、人によっても異なるし、作業内容によっても変わります。ただし、そういった臨界点を左右する環境要因があります。チームを率いるリーダーと、共に働く同僚たちとの間に信頼関係が構築できているか否かで、良いプレッシャーになるか悪いプレッシャーになるかが決まるのです。
具体的には、リーダーはメンバーに対し、下記のようなマネジメントの徹底が必要です。
1.明確な共通の目標を示す
2.その目標は、現状を越えるスキルや能力が求められるものでなくてはならない
3.部下が迷ったときに、上司の責任のもと、正しい決断を下す
4.部下のやったことに対して、的確なフィードバックをする
また、同僚との間には、以下のような関係性が求められます。
1.意見を言い合える
2.困ったときは相談できる
3.お互いに敬意を払い、支え合う空気がある
そして、これらの関係性が確実に機能するには「上司は自分のことを信頼してくれている」と部下自身が感じられるような、質のいい上司部下関係がなくては成立しません。つまり、一人の人間として尊重されていると部下が感じられるかどうかということ、全ての結果責任を取る覚悟が、上司にあるかどうか? ということが重要なのです。
上司と部下、会社と社員の信頼がある組織では、個人の利益と他のメンバーの利益が合致し、個人が頑張って会社が豊かになれば、個人も豊かになるという好循環が生まれます。それは働き損のない、働き方です。
逆説的にいえば、「部下のためだ!」とプレッシャーをかけたところで、そこの信頼がない限り、部下の潜在能力が引き出されません。それどころかパワハラになり得るわけです。
また、パワハラを止めさせるには、「そこに敬意はあるのか?」と本人に問うてください。何度もで何度もで聞いてください。
かつて「愛があればパワハラにならない」と豪語する人たちがいましたが、その愛を「相手への敬意」として、決してケチらないで、部下たちと良い関係を構築してください。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)がある。
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