HR Design +

自爆営業の推奨、未達成で給与減額──「過度なノルマ」は違法にならないの?Q&A 社労士に聞く、現場のギモン

» 2023年09月12日 07時00分 公開
[近藤留美ITmedia]

連載:Q&A 社労士に聞く、現場のギモン

働き方に対する現場の疑問を、社労士がQ&A形式で回答します。

Q: 私が働く業界は、伝統的に営業ノルマが厳しい業界です。

 自社や競合企業で聞く事例では、ノルマ未達成者へのパワハラまがいの叱責やサービス残業の横行はもちろん、あと少しで達成できる場合は営業担当者に自腹で自社商品を買い取らせる「自爆営業」の推奨、未達成者への給与減額や長期の未達成を理由とした退職の推奨などが行われています。

 これらは、どこまでが合法でどこからが違法なのでしょうか。

画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ

自爆営業の推奨、未達成で給与減額──「過度なノルマ」は違法にならないの?

A: パワハラまがいの叱責、自爆営業の推奨、ペナルティとしての給与減額、ノルマ未達成を理由とした退職の推奨の4点に分けて、下記に違法かどうかのポイントを解説します。

 パワハラやサービス残業が違法であることが問題となって久しいですが、まだまだ業界や企業規模によっては改善が難しい状況の会社が相当数あるようです。

 ご質問のようなの叱責もパワハラに該当すると判断された場合、労働施策総合推進法に抵触します。サービス残業に関しても、時間外労働に対して割増賃金が未払いであれば、労働基準法第37条に抵触するでしょう。

 下記に、詳細を解説いたします。

パワハラに該当する叱責と、しない叱責の違いとは?

 ノルマ未達成者に対する叱責がパワハラに該当するかどうかは、その叱責が「業務上必要なのか」が重要です。業務上必要な注意や指導の範囲内であれば、パワハラには該当しないと考えられます。

 一方で、叱責が人格を否定するような内容であったり、職場内で見せしめ的に長時間にわたって行われたり、必要以上に執拗に繰り返されたり、特定の社員だけに対して行われたりなど、公平性が担保されていない場合は、業務上必要な指導、注意の範囲を超えていると考えられ、パワハラに該当するでしょう。

自爆営業の推奨

 自爆営業の推奨については、この「推奨」が本当に「勧める」程度のものであれば、違法性は低いと考えられます。

 つまり、ノルマ未達成の場合であっても必ずしも自ら自社の商品やサービスを購入・契約しなければならないのではなく、本来の意味で、契約や購入が社員の自主判断に任せられているのであれば、問題はありません。

 しかし、言葉では「推奨」としつつも、実質的には社員の本意に反して自ら契約や自社商品の購入をせざるを得ない状況になっているという場合があります。その場合は、賃金の全額払いを義務づけている労働基準法第24条に抵触すると考えられますし、公序良俗に反する法律行為を無効とする民法第90条に抵触する可能性が高いです。

 ここでご留意いただきたいのは、ノルマ達成のために、社員の本意で自ら契約したり自社商品を購入したりする場合については違法にならなくとも、会社全体としてそういう風土ができてしまうことに大きな問題があるということです。

 必ずしも全ての社員がそのように考えるわけではなくても、断りづらいといったプレッシャーにより仕方なく自爆営業を行ってしまう社員がいます。そうした自爆営業をする社員が不本意にも出ないよう、会社の組織づくりや風土づくりの面からも注意が必要なのではないでしょうか。

ペナルティとしての給与減額

 「ノルマ未達成を理由とするペナルティとしての給与減額」は認められない可能性が高いと言えるでしょう。

 もちろん、懲戒処分としての賃金減額という対応そのものについては、その処分が就業規則に適正に定められ適正な手続を取って行われる場合には認められます。しかし、本件のように「ノルマ未達成」が懲戒処分の対象事由となり得るかについては、甚だ疑問であり難しいのではないでしょうか。なぜなら、懲戒処分の対象事由は、非違行為がある場合に認められるものだからです。

 一方で、ノルマ達成に向けて「歩合制」を導入するなどの方法で、ノルマ達成率の高い社員と残念ながら達成率の低いあるいは未達成の社員とで賃金に差を付け、営業社員のモチベーションアップにつなげる工夫はできるかと思います。

 成果を求める業界、営業ノルマが必須の業界では、正しい運用をされればメリットのある給与制度ですから、導入を検討されても良いでしょう。

ノルマ未達成を理由とした退職の推奨

 最後に「長期のノルマ未達成を理由とした退職の推奨」については、社員が本意から勧奨に応じて退職に合意した場合にはトラブルにはなりません。

 しかし、例えば勧奨時に「退職しなければ解雇する」という発言があったり、はっきりと退職を拒否したにも関わらず何度も退職勧奨をされたり、長時間、多数回にわたり退職勧奨されたりするなどして退職に応じた場合には、後から、「一方的に退職を強要された」と社員から訴えられることがあります。これはよくある話です。

 この場合には、退職勧奨ではなく解雇として、その有効性が問われることになり「長期のノルマ未達成」を能力不足、成績不足などとして解雇ができるかどうかという問題になると考えられます。どの程度、能力が不足しているのか、成績不良なのか客観的に捉える必要がありますし、未達の間、会社や上司が達成できるよう指導、教育などを十分に行っていたかどうか、指導を尽くしたかどうかも問われることになります。

 社員に、ノルマ達成のための指導、教育を十分に行っておらず、適切な指導を行っていれば能力向上、ひいてはノルマ達成の余地もあったと判断される場合には、解雇無効と判示される可能性は高いでしょう。

 そもそも、社会通念上明らかに達成できないようなノルマであったとしたら、もちろん解雇は無効と判断されるでしょう。また、ノルマ未達という能力不足、成績不良の程度が解雇という厳しい処分に相当すると判断されること自体難しく、認められないのではないでしょうか。

 過度なノルマ、達成困難なノルマを設定すること自体、パワハラに該当し違法と判断されることも大いにありますから注意が必要です。

著者:近藤留美 近藤事務所 特定社会保険労務士

photo

大学卒業後、小売業の会社で販売、接客業に携わる。転職後、結婚を機に退職し、長い間「働く」ことから離れていたが、下の子供の幼稚園入園を機に社会保険労務士の資格を取得し社会復帰を目指す。

平成23年から4年間、千葉と神奈川で労働局雇用均等室(現在の雇用環境均等部)の指導員として勤務し、主にセクハラ、マタハラなどの相談対応業務に従事する。平成27年、社会保険労務士事務所を開業。

現在は、顧問先の労務管理について助言や指導、就業規則等規程の整備、各種関係手続を行っている。

顧問先には、女性の社長や人事労務担当者が多いのも特徴で、育児や家庭、プライベートとの両立を図りながらキャリアアップを目指す同志のような気持ちで、ご相談に乗るよう心がけている。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.