「山の上ホテル」2月に休館 その後はどうなる?予約が殺到(2/3 ページ)

» 2024年02月04日 06時00分 公開
[産経新聞]
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 もともと建物はホテルとして設計されておらず、35ある客室は同じ間取りではない。開業にあたっては洋室のほか、靴を脱いでくつろげる畳の部屋を用意し、部屋ごとに異なる特注の家具を配置。庭の有無や窓の方角によってカーテンや壁の色も変えるなど、あらゆる需要に応え、部屋ごとに異なる雰囲気が楽しめるようにした。

 徹底した「お客さま目線」はホテルでの食事にも表れる。館内には7つの飲食店を備え、西洋料理のほか和食、中華、鉄板焼など、ジャンルに富んだレストランが利用客を満足させる。食に対するこだわりが人一倍強かったとされる創業者の吉田氏の影響もあり、創業当初は調味料もすべて一から自前で作っていたという。ホテル出身の料理人がミシュランを取得するなど「食の山の上」とも呼ばれてきた。

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 出版社が多く集まる神保町や神田に近い縁もあり、数多くの作家がホテルに「カンヅメ」となり、執筆活動にいそしんだ。フロントが電話などで作家と編集者の橋渡し役を担い、締め切り間際になると編集者がロビーやレストランを利用して原稿を待つようになった。

 総支配人も務めた顧問の中村淳さん(68)は、作家の池波正太郎に連れられ、神保町まで本を買いに行ったことがあるという。「大きさの違う5冊10冊を買って一緒に持って帰ったりした。すごく楽しかった」と振り返る。作家の欲しいもの、してほしいことを間近で見て察することで「お客さまへのおもてなしの心を勉強させていただいた」(中村さん)という。

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