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60歳の消防士がバス運転手に? 「2024年問題」で存続が危ないバス業界、救いの一手はあるか働き方の「今」を知る(3/3 ページ)

» 2024年02月29日 07時00分 公開
[新田龍ITmedia]
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(2)60歳を迎えた消防士がバス運転手になる

 三重県全域と愛知、奈良、和歌山、京都の一部でバス事業を展開する近鉄グループ企業「三重交通」は、桑名市と協定を結び、市の消防職員が60歳を迎えた際、本人が希望すればバス運転手として同社に転籍し、定年を延長して働くことができるようにした。バス運転手不足の解消と、定年後の公務員に新たな活躍の場を提供できる一挙両得の仕組みである。

画像提供:ゲッティイメージズ

 バスの運転に必要な大型二種免許は、消防職員として在職中に取得でき、取得費用は三重交通側が負担する。雇用契約は1年更新で、最長72歳まで働くことができる。

 このような協定は全国初。地方公務員は2023年度から段階的に定年が65歳まで引き上げられるが、消防職員は常に緊張感をもって働くことが求められる職場であり、60代以降では体力や気力の維持が大変になる面もある。

 一方で運転手不足が深刻なバス会社にとっては、大型免許を保持し、運転経験が豊富で地元の道路事情に詳しく、かついざという際に救命の知識を保持した人材を確保できるということで、双方にメリットのある形だ。また勤務先として桑名市周辺を希望することも可能であり、地元志向の人にも安心であろう。

 桑名市の伊藤徳宇市長は「消防職員にとって経験が生かせるだけではなく、公共交通の担い手という誇りややりがいも感じられる。バス交通網の維持・確保のためにも、この協定の考え方が全国に広がることを期待したい」と語っている。

(3)「都内循環バス」と「スクールバス」のハイブリッド乗務とは

 東京都足立区を中心に、バス事業とタクシー事業を展開する「日立自動車交通」は、業界初となる乗務体系「ハイブリッド乗務」を開始した。

 バス運転手は一般に、観光バスであれば観光バス専任、路線バスであれば路線バス専任として勤める。しかし同社で実施するハイブリッド乗務は、「スクールバス」と「都内循環バス」を兼務する仕組みとなっている。この働き方が実現した背景には、それぞれの勤務形態の違いがある。

 都内循環バスの場合、終バスが午後10時頃、朝は午前6時頃からの運行のため、従前はインターバル制の勤務形態をとっていた。しかし本年4月1日以降は、終バスまで勤務した運転手が、続けて翌朝からの勤務ができなくなってしまうため、運転手確保が懸念されていた。

 一方でスクールバスは学校が開校する平日のみの運行のため、休日も確保でき、都内循環バスと比べると人手に余裕がある。折しも特別支援学校の生徒数が年々増加し、2010〜20年にかけての10年間で倍増していることを背景に、スクールバスの運行コースが増えており、東京都はバス運転手不足の中、各バス会社になんとか運行してもらえるよう、対策を検討していたところであった。

 そこで同社では、双方の欠点を補い合えるハイブリッド乗務を開始。これによりバス運転手の「年間休日125日、月収27万円保証」を実現することができ、子育て世代でも働きやすくなった。実際、同社が出展したバス運転手対象の採用イベントでは来場者の関心を集め、問い合わせが約5倍に増加したという。

 同社代表取締役の佐藤雅一氏は「今後さらに求められるバス運転手の確保に向けて、積極的に対策に取り組み、バス業界に貢献していきたいと考えています」と語っている。

苦しい業界の中で、求められる工夫と新技術

画像提供:ゲッティイメージズ

 バス路線網がきめ細やかに張り巡らされ、自由かつ気軽に移動できることはもはや当たり前の時代ではなくなった。人口が集中する東京都内でさえ、バス運転手不足の影響で、減便や路線廃止の動きが出ているほどだ。

 人手不足はわれわれの生活の質と、公共交通機関の存続にも関わる深刻な問題だ。各社の創意工夫と、新技術投入も含めたあらゆる手を打っていく必要があるだろう。

著者プロフィール・新田龍(にったりょう)

働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役

早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。

 

著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。

11月22日に新刊『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)発売。


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