当社が行った個人投資家の投資方針別情報収集動向についての調査では、情報収集が難しいと感じる情報の1位は「経営者の人柄や能力」でした。中でも、3年以上株式を保有し、主に値上がり益を重視する「期待投資家」において特に、「経営者の人柄や能力」に関する情報期待度が高いにもかかわらず、情報満足度は低いという結果が出ています。
本調査結果から「この会社の経営者はどのような人柄なのか」「どのようなバックボーンを持ち、どのような能力に優れた人なのか」といったことに関心を持っている個人投資家が多いことがうかがえます。
自分の大切な資産を預けようとしているのですから、その会社の経営者について知りたいと思うのは、ある意味当然のことです。経営者の人柄や歩んできた道のりを知ることは、投資家が社長メッセージに求めている要素の一つだといえます。
筆者が考える「投資家から評価される社長メッセージ」の共通点は、「経営者の体温」を感じられることです。言い換えるなら、経営者が「夢」を語っていることです。
特に上場企業であれば、社会の公器として、解決したい課題や果たしたい役割があるでしょう。売り上げや利益、時価総額を上げることだけが会社の目的ではないはずです。
「自社のビジネスを通して、このような世の中を実現したいんだ」という夢をメッセージとして発信することが、経営者に求められています。簡単に実現できるようなことではなく、数十年単位、もしくは次の世代に受け継いで長期的に追求していく夢です。
一方で、市場では半年後、1年後といった短期の結果が求められます。足元の業績を作ることに精一杯で、夢を語れなくなってしまう経営者は少なくありません。
しかし今、世の中には解決すべき課題が山積しており、夢を語る材料はたくさんあります。社長メッセージでは月並みな抱負を述べて終わるのではなく、オリジナルな夢を語ることが期待を生み、資産を集めるカギになります。
統合報告書には、さまざまな社長メッセージがあります。優れた社長メッセージの事例をいくつかご紹介します。
オリックスのCEOメッセージでは、グループCEOの井上亮氏が、2014年の就任以降について自己採点という形での振り返りや、失敗から学ぶ経験の大切さ、次世代へのバトンタッチやこれからの経営体制、サステナブルな事業の推進や人材に関する考えなどを語っています。
「失敗で追い詰められた経験をオリックスで一番多くしているのは私だと思います。そして振り返ってみると失敗からこそ学ぶことが多くあります」「他社では案件で失敗した人は外されがちではないかと思いますが、当社では外されないし、ペナルティーもありません」「実務で失敗を経験しても人が残ることで会社にノウハウが蓄積します」など、自らが歩んできた経験から、失敗を責めず、失敗が会社の成長に生きるという経営信条を語っているのが印象的です。
参照:INTEGRATED REPORT 統合報告書2023(参考リンク:PDF)
塩野義製薬の社長メッセージは、大きく「2020年度〜2022年度におけるビジネスの振り返り」と「2030年Vision実現に向けて」という2部構成になっています。
振り返りのパートでは、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大時、研究開発リソースの8割を投入した経営判断に対する結果とともに、CEOの手代木功氏の考えが率直に描かれています。
Vision実現への展望を語るパートでは「ひとたび注力するニーズを特定すれば、COVID-19で学んだ最速解へのアプローチと大胆なリソースアロケーションにより、リスクをとりながらも、いかに早く人々の健やかで豊かな人生に貢献するソリューションを世の中に届けられるかという観点でSHIONOGIの強みを発揮していきます」と、COVID-19での学びを強みに転換する姿勢が強調されています。
参照:SHIONOGI INTEGRATED REPORT 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)
レゾナックのLetter from the CEOでは、CEOの高橋秀仁氏(「高」は「はしごだか」)が「社会を変えていくためにどこを目指す姿としているのか」「どんな課題があるのか」「その先にどんな変革を起こそうとしているのか」など、自身の夢を熱く語っています。
冒頭で「日本発の世界トップクラスの機能性化学メーカーをつくりたい。そのために業界の常識を変えたい。これが私の願望であり、責任です」と力強く宣言し「そのために、今進めていること」「株主・投資家からの共感を得るために、取り組んでいくこと」という流れでメッセージを展開しています。また、好きな書籍を引用するなど、パーソナルな面から経営信条を述べているのも印象に残ります。
参照:RESONAC REPORT 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)
イズミのトップメッセージでは、代表取締役社長の山西泰明氏が自社の設立から現在までの歩みを振り返り、地域の「生活産業」であることこそが自分たちの原点であり、社会的使命であると再確認しています。
その上で「事業の生産性を高め収益を上げていくこと、それによって当社に投資をしていただいた皆さまに適正な利益還元を行っていくことは、当然ながら経営の重要課題です。しかし、自らの社会的使命を忘れ、業績数値だけを追求する経営では意味はない、と私は考えます」と、経営における信念を明言しています。
参照: Integrated Report 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)
業績が悪化していたり、不幸なことに事故や事件が起こったりした時は、社長メッセージも短期的な視点になりがちです。しかし、投資家が知りたいことは、「ではこの後どうするのか」です。そして、それを明確に語ることができるのは、やはり経営者自身の言葉でしょう。
企業においては好調なときも、なかなか成果が出づらいときもあることは当然のことです。ぜひ経営者の頭の中にある未来を、体温が感じられる言葉で語ってください。
白藤大仁 株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ代表取締役社長
2006年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。19年、株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズの代表取締役社長に就任。「オンリーワンの、IRを。」をメインメッセージとし、企業のオンリーワン性を導き出すことで、IR活動や経営活動を支援する事業を展開。プライム企業を中心に、統合報告書の制作や決算説明会の配信支援など、IR領域で幅広いソリューションを提供している。23年より、特定非営利活動法人 日本IRプランナーズ協会 理事。 投資家との対談やメディアでの解説実績多数。
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