こうして取り組みを進めていった同社だが、「残業時間削減」をめぐる企業と従業員の利害は、一般に必ずしも一致しない。社員の中には負荷が減ることを喜ぶ人も入れば、残業代が減ることを惜しむ人もいる。
このため、その年の残業の削減目標に合わせ、先んじて段階的なベースアップを実施。「残業を月5時間減らす」ことを目標に掲げる年には、5時間分の残業代を上回る額をベースアップした。最終的に、2019年時点で社員の平均年収は27.5%上昇(2016年比)。目標を上回る形で着地した。
「人件費削減を進めたいわけではないのだと、社員に分かってもらうことが重要だった」と高野氏は話す。会社が人件費アップを掲げている姿勢は嘘ではないと、誤解を防ぐ目的があった。
会社側と従業員の認識のズレは、残業代以外の部分で実はすでに生まれてしまっていた。改革の実施に当たり、社員に希望年収を聞いたところ、経営陣は驚きを覚えた。社員たちの回答は「すでに受け取っているはず」の額だったのだ。
認識のギャップは、ボーナスによって生まれていた。業績などによって上下する賞与は、安定的に入ってくるわけではないため、「受け取っている実感」を抱きづらかったのだ。このため、利益の半分を賞与の原資にする仕組み(詳細は前編参照)から個人評価に基づいて上下する形に戻し、変動幅を抑えた。
背景には、会社としての規模拡大とともに社風が変化し、安定的な報酬が好まれるようになったこともあった。また当時は、新卒採用で拡大するフェーズだったが、新卒社員は戦力化まで時間がかかる。短期的に見れば利益を引き下げてしまうため、利益を上げたい社員との間で、利害の不一致を招いていた。この状況を是正する意図もあった。
多くの企業が今なお課題を抱える女性管理職比率についても、30%の目標を2017年に達成。コロナ禍に先駆けて在宅勤務制度を拡充した他、ベビーシッター利用・延長保育などをサポートする制度や、こうした両立支援制度の利用を推奨する評価制度を導入した。利用した社員の同僚に対し、加点評価を実施するものだ。
近年、男性の育休取得が一般化するにつれ、その同僚の負担がクローズアップされる機会が増えてきた。2023年には三井住友海上が育休社員の同僚に最大10万円を支給する制度で注目を集めたが、メンバーズでは女性管理職育成の文脈で早々に、子育て社員の同僚を対象に施策を実施していたのだ。
2019年には、社員数が1000人の大台に乗った同社。さらなる急拡大で、2024年3月時点で社員数は2800人にも上る。
その規模からして、経営陣の意向を社員に浸透させ、また社員のアイデアを活用していくのは容易ではないように思える。しかしタウンホールミーティングなどさまざまな手段で「全員参加型経営」の実現に注力しているという。例えばミッション・ビジョンの浸透のための研修では、所属部署にかかわらずごちゃまぜのチームを組成し、ビジョン実現のために必要な取り組みをプレゼンにまとめる。また、所属部署でミッション・ビジョンの実現のために何ができるか考えるワークショップも開催している。
「大事なのはボトムアップ、あるいはミドルアップ。顧客専任型チームにしていますが、どんな体制を組んで何を顧客に提案するか、大抵のことはここで決められます。
一定の仕組み化をしないと会社としての規模拡大と両立できない面はありつつも、『カスタマーサクセスのために、社員がいかに主体的に動けるようにしていくか』を大事にしていきたい」(同氏)
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