富士見通りから富士山の見える眺望は、もちろん堤の率いる箱根土地が演出した、田園都市にはないプレミアムな価値である。駅前のロータリーから富士見通りに入る起点には「関東の富士見百景」の小さな碑が建っている。
街のシンボルとして愛されてきた旧駅舎は、2006年の中央線高架化により解体。しかし、住民の間で高まった保存運動に市役所が応え、2020年に復元された。現在の旧駅舎は観光案内所、市民が憩う休憩所などとして、活用されている。このように、国立の特に古くからの住民は、堤の学園都市構想として始まった、市の歴史を重視する気質が強い。
そのため、市が条例で高さを規制していなかった地域でも、マンション建設の反対運動がしばしば起こってきた。大学通りで住民と明和地所が、14階建のマンションが街の景観を損ねるかどうかで争った訴訟は、2004年に最高裁判決で明和地所の勝訴に終わっている。その前例からして、景観権を主張して訴訟をしても富士見通りの住民に勝ち目はないが、今回は積水ハウスの側から事業の廃止届を提出した。住民も市役所も驚くのは無理もない。
さて、積水ハウスの2024年1月期決算によると、年商は3兆円ほど。そのうち、分譲マンションを扱うマンション事業は1100億円弱で、あまり大きくない。最も売り上げが大きい賃貸住宅管理事業が6500億円ほどであると考えれば、たった1棟の小規模マンションにこだわり、景観を壊しているといわれ続けるより、低層の戸建住宅の住環境を重視している会社と見られた方が断然有利だ。今回の解体で約10億円の損失を出したが、3兆円企業にとっては、かすり傷程度だろう。
一方で国立市では、学園都市の面目を近隣の小金井市に奪われるという事態に見舞われている。谷保駅近くで33年間開校してきた辻調理師専門学校の東京校に当たる「エコール・キュリネール国立」が、東京学芸大学と提携して、4月に小金井市のキャンパス内に移転。「辻調理師専門学校東京」として再スタートを切ったのだ。国立市には大工場や大規模商業施設もなく、住宅都市として住民が増えなければ税収も増えない。頑迷な土地柄で、学校もマンションも逃げ出すイメージが付くのはまずいといえる。
例えば富士見通りの景観を損ねている電柱群を地下に埋め、積水ハウスの環境に対する熱い想いに応えて、住んで快適な活気ある街へとともに再スタートを切るなど、あっても良い展開ではないか。
【お詫びと訂正:2024年9月21日午前5時の初出で、「移転した、調理師学校エコールキュリネール国立跡地。駐車場になっていた」とのキャプションで画像を記載いたしましたが、誤りでした。10月9日午前9時、該当箇所を削除いたしました。お詫びして訂正いたします。】
長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。著書に『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)など。
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