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動物の「うんち」で発電できるのか? 愛媛県の失敗と学び実現すれば国内初

» 2024年09月30日 08時30分 公開
[熊谷紗希ITmedia]

 2019年、愛媛県内の動物園で実現すれば国内初となるチャレンジが行われていた。

 動物の糞尿などを活用したバイオガス発電・熱利用設備を「愛媛県立とべ動物園」に導入するというプロジェクトだ。

 とべ動物園は県有施設の中でも温室効果ガスの年間排出量がトップ10に入るため、園内でバイオガス発電をしたり、その熱利用をしたりできれば、効果的に排出量の削減ができる。また、環境に優しい動物園としてアピールできるだけでなく、来園者に対して再生可能エネルギーの普及を啓蒙できる。

動物の糞尿で電気を作り出すことはできるのか? ※画像は愛媛県立とべ動物園の動物ではありません(画像:ゲッティイメージズより)

 2018年11〜12月にとべ動物園の動物から採取した糞尿を調べたところ、バイオガスプラントを導入し、継続的に運用できる可能性が見えた。動物園内で排出される糞尿の量が1日当たり2トンほどなので、10キロワットの発電機であれば27時間の運転分に相当するガス発生量が見込めるとの結果が出たのだ。

 実現すれば、動物園では全国初の取り組みとなるだけでなく、世界でも数例であることから、先進的な取り組みとして愛媛県をアピールできる。国の補助金(エネルギー構造高度化・転換理解促進事業)を活用し、2019〜2020年度にかけて調査を実施。実験室で、糞尿量に対する発電量と、バイオガスプラントの初期投資やランニングコストを調査した。

バイオガス発電の仕組み(画像:ゲッティイメージズより)

 惜しくも、採算の関係で園内での実用化には至らず、プロジェクトは調査段階で幕を閉じることになった。調査の中でどのような課題に衝突し解決したのか、実用化に向けて足りない視点は何だったのか。

 愛媛県 環境局 環境・ゼロカーボン推進課の担当者への取材と専門家への取材を通して、動物園におけるバイオガス発電の実用化の可能性を探った。

次々見つかる問題 失敗プロジェクトから「何を」学ぶ?

 2018年の調査ではバイオガスプラントの導入の可能性が見えたが、今回の調査ではさっそく問題が見つかった。

 とべ動物園では、自然環境に近い形態で動物を展示していたため、回収した糞尿に多くの砂や濡れた長尺のわらが混じっていた。バイオガス発電の原料となる糞尿にそれらが混じることで、プラント内の循環ポンプの閉塞を引き起こし発酵を阻害してしまったのだ。

 わらの含有量が比較的少ないゾウとカバの糞尿のみに原料を限定したところ、設備のランニングコストが増大することはないが、糞尿の分別作業に想定以上の人的コストがかかることが分かった。結果、原料として扱う糞尿を限定せず、全ての動物の糞尿を活用する道を探ることになった。

ゾウとカバの糞尿のみに原料を限定した調査も実施した ※画像は愛媛県立とべ動物園の動物ではありません(画像:ゲッティイメージズより)

 調査2年目、技術的な問題はおおむね解消できたが、設置20年間の稼働を想定した維持管理費を考慮すると、「ランニングコストが増大し、赤字になる」という結論が出た。設備の初期投資の概算は3億6000万円程度。その部分については、国の補助金で全額賄(まかな)える予定だった。

 当初は、発電による電気料金の削減がランニングコストを上回ると見込んでいた。しかし、設備の大型化や海外製の粉砕機をはじめとする新たな機器導入のほか、原料に砂が多く含まれることで設備が砂との摩擦で劣化し、部品交換を含む維持管理経費が高額となり、支出超過になることが分かった。

 「今回は国の補助金の活用を見込んでいたため、発電した全電力を園内で消費する必要がありました。バイオガス発電のFIT(固定価格買取制度)売電の買い取り価格は約40円と高めに設定されているため、もし売電が可能であれば、ランニングコストを下げられたかもしれません」(愛媛県 環境局 環境・ゼロカーボン推進課 担当者)

売電が可能であれば、ランニングコストを下げられたかもしれない(画像:ゲッティイメージズより)

 仮に園内でのバイオガス発電が実現したら、どれくらいの電力量を生み出せるのか。園内の糞尿などを全て使用した場合に想定される発電電力量は年間125メガワットアワーであり、このうち導入設備に消費される電力は年間55メガワットアワーであるため、70メガワットアワーの利用が可能だったという。

 動物園での年間消費電力は2022年度の実績で1721メガワットアワーであるため、全体の消費量に占める割合としては3%程度となる計算だ。実際の導入時には園内の電源として使用するほか、発電に伴う発熱を回収し、発酵槽の保温に活用したり、40度の温水として利用したりする予定だった。

 園内での実用化は叶わなかったが、今回の挑戦から得た学びを愛媛県の担当者は以下のように振り返った。

 「とべ動物園では、糞尿やわらなどの廃棄物を全量堆肥化して園内へ配布するだけでなく、園内に汚水処理設備を有していることから、一般の畜産事業などで課題となる糞尿などの運搬・処理や臭気対策にかかる費用があまり発生していませんでした。糞尿や食品残差などの処理に多額のコストをかけている畜産業やレストランなどの事業者は、バイオガス発電によるコスト削減が見込めるのではないかと思います。われわれの取り組みの結果を参考として提供するなどして導入を広く働きかけていきたいです」

専門家に聞く、バイオガス発電の可能性

 環境化学工学や環境科学などを専門とする、豊橋技術科学大学の大門裕之教授は動物園でのバイオガス発電について「目的を明確にすることが重要」と話す。

 「バイオガス発電の原料を園内調達に限定した場合、園内の電力全てをバイオマス発電で賄(まかなう)うのは難しく、非常用電源の位置付けです。しかし、環境教育の一環という目的であれば、非常に良いアピールになります」

 大門氏は、バイオガスプラントを設置することの副次的な効果として「バイオガスプラントの横にグリーンハウスなどを設ければ、発電時の排熱を利用して、トマトや南国フルーツを育てることも可能です。動物の糞尿で生み出された電気や熱で植物や農作物が育つという流れは、動物園での環境教育として有効的です」とコメントしている。

 愛媛県の担当者は、今後再度とべ動物園でのバイオマス発電にチャレンジするためには「採算性の確保が焦点となります。維持管理費用の削減が難しい場合は、発電量の増加による収入増を図るのも課題解決の一つの方法です。今後、効率的なメタンガスの発生技術などの新技術開発に期待しています」と話していた。

 大門氏はこの点について「ここ数年でメタン発酵の注目度は上がっている」と話す。「2019年あたりから経済性を重視した小規模のバイオマス発電システムが出始めました。ここ5年で広がってきており、並行して発酵効率の改善や向上が期待できる新しい技術も開発されています。動物園での取り組みは早かったのかと思います。今もう一度見直したら違う結果が生まれるかもしれません」とバイオガス発電の可能性を示した。


 新しい取り組みに失敗は付き物だが、その学びをどう次のチャレンジに生かしていくかが重要だ。

 現在、愛媛県では動物園を含む周辺施設で2030年度までにゼロカーボンの達成を目指す「とべもり+ゼロカーボン夢プロジェクト」に取り組んでおり、再生可能エネルギーの導入を進めているという。

とべもり+ゼロカーボン夢プロジェクト(画像:えひめ脱炭素ポータルサイトより)

 その中の取り組みの一つとして、廃食用油を原料とするバイオディーゼル燃料を使用したバイオマス発電設備の導入を計画しており、現在、調査を行っている。失敗が生んだ学びが新芽を育て、結果という果実を実らせると期待したい。

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