リテール大革命

押し寄せる「アマゾンビ」、“家の中”まで届けるWalmart――2024年米リテール市場で、何が起きていたか石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(2/2 ページ)

» 2024年12月27日 08時30分 公開
[石角友愛ITmedia]
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無料返品の明暗――アマゾンビと呼ばれる顧客たち

 一方で、Amazonは無料返品サービスに課題を抱えています。返品の利便性を高めるために提携したコールズやステープルズといった小売店舗に返品客が押し寄せ、現場スタッフが疲弊しているのです。現場ではこれらの顧客を「アマゾンビ」と揶揄(やゆ)する声まであるといいます。困ったことに、返品のみを目的に来店する客が多く、当初の目的であった「返品に伴う来店促進効果」はほとんど得られていないといわれています。

 例えば、UPSでは1日300件以上の返品処理に追われ、その対応に要する時間が業務全体の90%を占めるケースもあるということです。しかも返品客のほとんどが「ついで買い」をしないため、提携先の収益には結びつかない状況が続いています。

 そのため今後は、返品プロセスの効率化や条件の見直しが求められることになるでしょう。その一例として、すでに「簡易対応窓口」の導入や、無料返品の適用条件を厳格化するなど、現場負担を軽減するための新たな取り組みが始まっています。

(関連記事1:アマゾンの無料返品サービス、「文房具店」と提携するやむを得ない事情

(関連記事2:アマゾンの無料返品サービスの誤算 増殖する「アマゾンビ」に苦しむ提携先、何が起こった?

写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

GUの挑戦――Z世代の心をつかめるか

 ユニクロの姉妹店であるGUは、2024年に米国市場で新たな一歩を踏み出しました。ニューヨーク・ソーホー店を拠点に、Z世代をターゲットにした戦略を展開中です。特に、ジェンダーレスなデザインや30〜40ドルという手ごろな価格帯を武器に「安いけどトレンドを押さえている」という絶妙なバランスで、若い世代の心を掴もうとしています。

 ただし、課題も少なくありません。SHEINやZaraのような競合と比べて品ぞろえが限定的であることに加え、ウェブサイト機能や商品の多様性においても物足りなさを感じます。その点をどのように改善していくのかというところが今後の課題でしょう。

 また、Z世代の多くがTikTokやInstagramで商品を発見する傾向があるため、SNSを駆使したマーケティング戦略も必須となっています。ファストファッションという競合の多いレッドオーシャンで日本企業がどこまで売り上げを伸ばせるのか、注目です。

(関連記事:GUの米国進出、レッドオーシャンでどう戦う? “ほぼ無名”からZ世代人気をつかめるか

未来の買い物――技術と体験の融合

 2024年の米国リテールは「便利さ」「パーソナライズ」「持続可能性」「多様化するニーズ」をキーワードに進化を続けてきた年といえます。慢性的なインフレが続き、GDPの大部分を個人消費が占める米国において、テクノロジーを駆使して顧客体験を向上させ、いかにシェアを奪うかという戦いは激しさを増しているように思います。その中で、アパレルや食品といった従来のリテール商品だけではなく、医薬品などの規制産業に多くのリテーラーが参入し業界変革を試みていることは注目に値します。

 同時に、大手リテーラーは2023年から続いている労働者との交渉、ストライキなどの課題を抱えています。例えばクリスマスシーズン真っただ中の12月現在、Amazon倉庫で働く労働者がストライキを起こしたことがニュースになりました。また、トランプ政権に移行する中でWalmartをはじめとするリテーラー企業がDEI(多様性などを重視した企業の取り組み)から手を引くという動きも目立っており、今後多くの経営方針の転換が見られるかもしれません。

 このような混沌とした情勢の中、消費者にとって、買い物はもはや商品を手に入れるだけの行為ではなく、技術と体験が融合したライフスタイルの一部になりつつあることは事実です。来る2025年には、AIやロボティクス、ドローンといったテクノロジーもさらに進化を遂げ、リテールにおける顧客体験の向上に期待が寄せられています。

 来年も米国よりさまざまな最新情報をお届けしたいと思います。よろしくお願いいたします。

著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ) 

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パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー

2010年にハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した後、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。

AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。

毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。

著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。

パロアルトインサイトHP

お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com

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