実質的なマルチタスクの効果として、星野リゾートの各施設で提供されている多くのサービスが、トップダウンではなく、サービススタッフによって考案されていることが挙げられる。
星野リゾートでは、社員の提案により、大半の新しいサービスが始まっている。
サービススタッフは、施設のある地域に暮らしているので、地域の人でしか分からないようなディープな魅力を発見して、それを新たな観光サービスに反映させる取り組みが日々行われている。
典型的な例として挙げられるのは、青森県十和田市の「奥入瀬渓流ホテル」で提供されている「苔」にまつわるサービスだ。中でも「苔さんぽ」は、ルーペやスマートフォンのレンズで奥入瀬川流域の苔を観察して歩く、人気のアクティビティだ。2014年から行っている。
同ホテルの渓流コンシェルジュである丹羽裕之氏は、奥入瀬渓流の景観が、約300種と豊富な種類が生育する苔がもたらしていることに気付いた。実は、2013年には日本蘚苔類学会によって「日本の貴重なコケの森」の1つに奥入瀬渓流が選ばれ、2014年には日本蘚苔類学会43回大会が、青森県で初めて奥入瀬渓流ホテルで開催されている。
最初は、渓流を目当てに観光に来る人に苔さんぽを推奨しても、参加者はごくわずか。星野佳路代表すら、よく理解できなかったという。しかし、丹羽氏は、ルーペを通して見る苔のバラエティに富んだ形状の面白さ、苔から見た生態系の変容のダイナミズムを、自ら深く研究して説き続けた。その結果、苔さんぽは人気アクティビティに成長した。
今では、奥入瀬渓流ホテルに「苔スイートルーム」という、本物の苔を使い、苔に包まれているかのような客室まである。館内パブリックエリアには、幅8.5メートルの「苔アートウォール」を設置。苔玉そっくりな外見の「苔玉アイス」も、ラウンジで販売している。
苔観光は顧客の期待を超える、奥入瀬渓流ホテルのメインコンテンツとして、スポットライトを浴びるまでに成長した。
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