次に、交通業界に目を向けてみましょう。人の移動を担う交通業界も新型コロナウイルスの影響を大きく受けた業界です。
交通業界では、以前から自社のトラフィックを有効に活用した沿線ビジネスを軸に、文字通りの「プラットフォームビジネス」を行っており、その上でマイルや交通系ポイントを活用した強固な経済圏を構築していました。
一方で以前は本業である「移動」を軸にしたシナジー事業で顧客からのロイヤリティー形成を図っていましたが、新型コロナウイルスの影響で人の移動が制限されると、移動体験が欠落し、顧客の吸着度が相対的に減少していきました。
そんな時期にあらためてDXが進展し、膨大な顧客データを活用し、「移動」以外のサービスラインアップを提供することで顧客が求めるサービスを網羅的に実現する取り組みが行われています。
移動を「軸」から「重要な要素の一つ」に位置付け、総合的にロイヤリティーが高い顧客層の育成とデータを基に、リアルとデジタルのタッチポイントを活用したレコメンドを行い、顧客との関係を育成し続ける試みが進められています。
鉄道会社を例にあげると、従来の「定期券」という移動系サブスクサービスを発展させるとともに、人流データを活用したダイナミックプライシングなどにもチャレンジをしています。また、多くの鉄道会社は各社でクレジットカード事業を行っていますが、2024年にはJR東日本が先述したBaaSを活用したネットバンクサービスを始めるなど、より一般的な生活領域に経済圏を拡大しています。
また、航空会社も元から構築していたロイヤリティーの高い顧客に対して、より一層自社のプレゼンスを発揮するチャンスを構築するために、従来のクレジットカード、マイル戦略に加え、自社の決済系サービスを軸にさらに拡大させています。
各社は顧客接点の構築において「〇〇Pay」と呼ばれるアプリ決済を積極的に始めていますが、その大きな理由として「デジタル上の商行為において、決済との距離の近さが成功の要因になる」からだと考えられます。
顧客は、どれだけアプリ内でサービスをレコメンドされても、スムーズに決済できるUXが用意されていなければ、コンバージョンにはつながりません。顧客が日常的に自社アプリ決済を利用することにより、MAU(Monthly Active Users)の増大を図ることができます。さらに、データを取得することによって従来の現金やクレジット決済では実現できなかった、個人へのマーケティングが可能となるのです。
また、クレジットカードは顧客ロイヤリティー向上に加えて、UIが存在するアプリであることで、マーケティングの広がりや横事業への拡張性を持ったサービスとなり、顧客接点の強化にも貢献します。まさに、先ほど述べたカスタマータッチポイントとして相性が良いサービスだと言えるのです。
最後に、小売業界の状況を考察してみましょう。新型コロナウイルスの影響でEC化、デリバリーに関する取り組みを新たに導入した事業者も多数存在しますが、多くの小売事業者は引き続きリアル店舗も効果的に活用した戦略を取っています。
リアル店舗が提供する顧客体験や商品を直接見て触れられる魅力は、依然として重要な要素のため、多くの小売事業者はオムニチャネル戦略を採用しています。これは、リアル店舗とオンラインストアを統合し、顧客にとってシームレスで一貫したショッピング体験を提供する戦略です。
加えて、一部の小売事業者はリアル店舗をより体験型のスペースに変え、オンラインでは提供できないユニークな体験を提供することで差別化を図り、リアル店舗を有効活用しています。
顧客が店舗を訪れ、店舗内を回遊し、購買体験をする──来店までのアプローチから来店後の回遊促進に関する取り組みの全てが顧客データの収集とその活用につながるような、フィードバックループを意識した取り組みが進んでいます。
小売事業者にとって、顧客データを活用したライフステージに合わせたレコメンドなど、LTV(ライフタイムバリュー)の最大化を目指す上で、自社の既存データの活用、データ駆動型ビジネスは欠かせません。
また、小売事業者が得られるデータの多くは、金融事業者からみた「顕在化されていないニーズ」へアプローチする何よりも強力なきっかけとなり、大手の小売事業者が決済事業だけでなく、本格的に金融事業へ進出し、多角化を図っている理由と言えます。
今回はいくつかの業界を取り上げましたが、従来の自社の強みや顧客との関係を生かしながら、デジタルの新たな接点を創出し、流入する顧客に対してふさわしい体験を用意することでつながりを深化させ、そこで得られる知見を基に新たなビジネス領域を開拓していく、というループが構築され始めています。
顧客にとって「Sticky」なサービスはなかなか狙って出せるものではありません。このため、既存顧客を持つ企業との連携が非常に重要となるのです。
その上で、新たなコンテンツを用意し、差別化することは簡単ではありませんが、金融、特に保険業界ではユーザー属性に合った保険を提供するInsureTech企業の勃興もあり、既存事業の顧客にフィットするサービスで、新たな顧客体験を創出しています。
既存ビジネスと保険の融合、そしてその中でのデータ活用が新たな可能性を開き、企業は競争優位性を維持し、持続的な成長を達成することが可能になると考えています。
次回は「新たな顧客体験を創出するデジタル保険の可能性」について、海外の事例も交えながら、考察します。
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