なぜ、最低賃金ニュースは“経営者の悲鳴”ばかり? 労働者の声が消えるオトナの事情スピン経済の歩き方(1/6 ページ)

» 2025年01月08日 06時00分 公開
[窪田順生ITmedia]

スピン経済の歩き方:

 日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。

 本連載では、私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」をひも解いていきたい。

 新年早々、お屠蘇(おとそ)気分が吹っ飛ぶような暗いニュースが注目を集めた。

 2024年11月、最低賃金が896円から980円へと引き上げられた徳島県で、零細企業経営者が「これだけの給料を払い続けられるほど利益はない。今のままでは人は雇えない」(時事通信 2025年1月5日)と悲鳴を上げているというのだ。

最低賃金980円が支払えないと声を挙げる経営者(画像はイメージ、出典:写真AC)

 これを受けてSNSでは「最低賃金を引き上げるなら、中小企業が倒産しないように手厚い補助をすべきだ」「石破政権は1500円を目指すとか言っているけれど、やはり引き上げ幅は慎重になるべきだ」と議論が盛り上がっている。

 どのような形にしろ、最低賃金に関心が集まることは喜ばしいことだ。しかし、今回のようなニュースを見るたび不思議に思うことがある。

 なぜマスコミはこのテーマになると、「経営者側の苦境」ばかりをことさら強調するのか、ということだ。

 いや、もちろん時給84円アップが耐え切れず、廃業に追い込まれそうな経営者には同情する。それで無職になって、次の仕事を探さなくてはいけない人たちも気の毒だ。しかし、そのような人たちと比べ物にならないほどの苦境に追いやられて、悲鳴どころか貧しさで疲弊して声を上げられない人たちもいる。徳島県内の「低賃金労働者」だ。

 最低賃金で働くのはシングルマザーなどの一人親が多い傾向があり、子どもの貧困などの問題にもダイレクトに影響を及ぼす。深刻度でいえば、こういう人たちの声もしっかり取り上げるべきだが、今回のニュースのように、会社が潰れそう、経営が苦しいと訴える経営者の声ばかりにフォーカスが当たっていることに、どうしてもモヤモヤしてしまうのだ。

       1|2|3|4|5|6 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.