物流業界は今、大きな変革期にある。2024年2月に「物資の流通の効率化に関する法律」の改正内容を定めた政省令が公布され、4月から施行された。荷待ち・荷役時間の短縮や積載効率の向上が事業者の努力義務として求められ、また1回当たりの所要時間を合計1時間以内にすることが目安として示された。
キリングループロジスティクス(以下、KGL)では、この法改正への対応を単なるコンプライアンス対応としてではなく、将来を見据えた戦略的な取り組みとして位置付けている。
KGLでは“データドリブン”な物流改善を行い、構内滞在を大幅に改善した。データ入力の所要時間を97%削減、構内誘導を75%削減などの成果を、どのように生み出していったのか? KGLの折笠貴之氏と渡邉良平氏が登壇したセミナー「キリンに学ぶ、データドリブンな物流改善 全社一丸となり『構内滞在1時間以内』への挑戦を加速」の模様をお届けする。
KGLは全国50拠点のネットワークをベースに、最大で日4500台の車両運行を実施している大手物流企業だ。同社では従来、拠点ごとに独自の取り組みを行う「点の対応」が中心だったが、近年はデータドリブンな改善により全社的な取り組みへと進化させ、改善を加速している。
KGLがデータドリブンな改革に取り組む前、大きく分けて2つの課題があった。同社の渡邉良平氏(本社物流管理部物流管理担当)はこう説明する。
「1つ目がデータの人力取得の限界です。拠点によって取得しているデータの項目自体にばらつきがあり、中には取得できていない拠点も存在していました。取得できている拠点でも、共通の形式や尺度でのデータ取得が行われておらず、データの正確性にも疑問が残る状態でした。
もう1つが、配車事務所の業務負荷です。われわれの拠点では配車事務所が司令塔となっていますが、現場オペレーターへの無線連絡や、ドライバーへの電話による構内誘導など、全てが対面・電話・無線での対応だったため、非常に業務負荷が大きい状況でした」(渡邉氏)
これらの課題は単に業務効率の問題だけでなく、担当者の長時間労働や疲労、ミスの増加といった二次的な問題にもつながっていた。また、拠点ごとに独立した運用が行われていたため、全社レベルでの改善活動を推進することが難しい状況だった。
これらの課題を解決するため、KGLは2024年春、物流スタートアップのHacobuが提供するトラック予約受付システム「MOVO Berth」を全国10拠点に導入した。拠点ごとに運用が異なるため、KGL本社チームとHacobuが共同で、全ての拠点を実際に訪問して現行運用を確認するアプローチを取った。
「各拠点の運用を確認し、どのように運用が変わるかをしっかりと関係者に理解いただけたことで、納得しながら導入を進めることができました。苦労した部分はありましたが、その苦労があったからこそ、その後はスムーズに進められたと感じています」(渡邉氏)
システム導入の成果は、主に2つの側面で現れた。
これらの数値は特定の拠点での実績だが、同様の効果が他の導入拠点でも見られている。特に大きな変化があったのは現場業務のフローだ。
以前は、ドライバーが受付すると、配車窓口の担当者が現場とやりとりしながら空きバースの状況を確認していた。
「バースが空いていなければ、現場からの無線連絡をもとにドライバー一人一人に電話連絡したり、直接ドライバーのところへ行って『このバースに入ってください』といった案内をしていました。システム導入後は、配車担当は待機バースへの移動指示だけを実施し、現場フォークマンがバースの空き状況を確認しながら、自分たちで待機バースから作業バースへの呼び込みができるようになったのです」(折笠氏)
システム導入により作業負荷の軽減とデータの可視化が実現した一方で、新たな課題も浮かび上がった。見える化が実現したからこそ、拠点単独では解決できない課題が見えてきたのだ。特に構内滞留1時間以内という高い目標を達成するには、より高度なデータ分析と全社的なアプローチが必要だった。
「拠点のデータを横比較することによって共通の課題や独自の課題を整理し、本社として何をすべきか検討する必要があると感じました」と折笠氏は続ける。この課題認識が、次のステップである「拠点横断アナリティクス」の導入へとつながっていった。
「拠点横断アナリティクス」とは、MOVO Berthのオプションとして提供している、複数拠点の物流データを一元管理・分析できる機能だ。導入に当たり、KGL社内では約2カ月かけて全社共通のKPIを決定するプロセスを実施した。
「構内滞在時間は『受付から作業開始までの作業前待機時間』と『荷役作業時間』という2つの要素に分解できます。これらをさらに細分化し、具体的にどのデータを可視化すべきかを検討しました」(渡邉氏)
KPIの選定に当たって特に重視した点は2つあった。
1つ目は、各拠点での独自運用が残る中、共通する項目は何かだ。各拠点の運用を統一するのではなく、それぞれの特色を生かしながらも、共通の指標で評価できる項目を見つけることが重要だった。
2つ目は、拠点でどれだけコントロールできる数値なのかという点だ。
作業前待機時間の改善は拠点だけでは対応が難しい一方、作業時間については構内のコントロールをメインで行っている拠点で改善可能です。
「サプライチェーンの前後による影響の大小、拠点が見るべき数値は何なのかをしっかり意識しました」(渡邉氏)
このプロセスでは、KGL本社に支店勤務経験が豊富なメンバーがいたことが大きな助けになったと言う。また、拠点を横断してデータを可視化できるようになったことで、より具体的な問題点が明らかになってきた。
「例えば、現状では出荷のために構内に入庫する車両は、その日の運行を優先に考慮した時間設定のため、場合によってはその拠点のキャパシティー以上の車両が入庫してきます。データを見ることで、13時台に特定の拠点で急に車両が集中していること。それによって、構内滞留が発生していることが見えてきました」(折笠氏)
この他にも、いくつかの問題点が見つかった。具体的な課題が分かったことで、今後さらに構内滞在時間を削減するには、何をどう改善すべきか、方向性が見えてきたと語った。
今回、KGLではシステムの導入を本社主導で進めてきた。しかし、各拠点でデータの取得・分析を行うには、拠点の協力が必要不可欠だ。KGLはツールの全社展開を進めるに当たり、計4回の機能説明会を実施した。この展開プロセスで特に重視されたのが、「完成形」と考えない姿勢だった。
「説明会では毎回『今の拠点横断アナリティクスの状況は、完成形ではなくこれからみんなで作っていくものである』ことを伝えました。その上で、私の説明を聞いていただいて、参加いただいた支社・支店のみなさんから、率直な意見や感想を出してもらいたいとお話をしていました」(渡邉氏)
合わせて、導入するツール更新へのリクエストも、随時受け付けることを検討中だ。この姿勢が功を奏し、拠点からは予想以上に、導入に対して前向きな反応が得られたと振り返る。
「拠点任せにするのではなく、本社はもちろん管理部門である支社の関連部署とも役割分担をしながら、KGL全体で課題解決していきたいと思っています。まずは、POCという形でテスト運用する予定です」(渡邉氏)
しかし、拠点や部門をまたぐ活動には課題もつきものだ。誰がリードし、どう管理していくのかなど「本社が駆け足となりながら、各部門への説明、スケジュール管理を積極的に実施していく必要があると感じている」(折笠氏)と言う。
KGLの構内滞留時間削減に向けての取り組みは、これからも続く。今後はどのような展望を持っているのか。
「現在の内容は、まだ第1段階です。今後は拠点や支社から要望を集約し、本社・支社・支店のあらゆる部門で活用できるツールへと進化させていきたいと考えています」(渡邉氏)
「拠点横断アナリティクスを先行導入したことで、受付後の作業待ち待機時間が主要な課題であることが明確になりました。この課題は拠点単独では解決できず、輸送部門や他部門との連携が必要です。今後もツールを活用して、構内滞留1時間以内の達成に向けてチャレンジしていきます」(折笠氏)
全社で可視化する数値の設計においては、要素分解をしてツリー形式で整理・決定する。その際、運用が異なる拠点をひとくくりにするのではなく各拠点の共通項からKPIを設定すること、そしてその数値が拠点でコントロールできるものかどうかをしっかり見極める。こうした工夫により、拠点任せではなく全社レベルでの改善活動につながるBIの構築が可能になることが、KGLの事例を通じて分かっただろう。
物流業界を取り巻く環境は、厳しさを増している。しかし、KGLのようにデータドリブンなアプローチで課題に向き合うことで、97%といった大幅な業務効率化も実現可能だ。まずはデータの可視化から始め、持続可能な物流の実現に向けた第一歩を踏み出てはどうだろう。
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