この記事は『利益を出すために重要な24の数式』(野本明著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
新客1人当たりの、適正な獲得費用の判断基準は何か。それはLTVの大きさで決まります。新客時にかけた大きな費用は、そののち既存客としてもたらすLTVによってカバーされるべきものだからです。
仮にLTVとしての1人当たり(以下同)売上高が8万円、営業利益率が10%で8000円だとしたら、新客獲得費用は8000円以下でないと採算がとれません。新規事業でLTVが未定で新客獲得に8000円かかったなら、LTVでの営業利益をそれ以上にしなければならないということです。この水準は商品単価や客単価によって大きく異なりますが、直感的には「そんなにかかるのか」という感じの金額になります。
しかしこの数字は現場で即座に認識することは難しいため、どうしても費用の総額だけを把握することが多くなってしまいます。例えばあとからそれが1万円だったと分かっても、それがどういうことなのか、実感が湧きません。そんなときには現場の関係者によく、 「新客獲得費用が1万円ということは、店舗の入口で通りすがりの人に1万円札を渡して『これで買い物してください』と言っているのと同じだ」といったたとえ話をしました。
これはあとからLTVで回収するというところを抜きにしているのですが、この話をすると、具体的な費用がイメージでき、もっと効率的にしなければ、と考えるきっかけになります。むやみに費用をかけても入口で渡すお金の額が増えていくばかりだと考えることでそれを実感できるのです。
新客獲得にはどんな費用がかかるのか。これは新客獲得に限らずの話ですが、最も直接的なのはテレビ、雑誌、ネットといった広告を運ぶメディア(媒体)費用です。それにコンテンツ(情報の中身)の製作に関わる費用も加わります。それに販促費用や人件費などを加えることもあります。
中心は最大の費用であるメディア費です。使用するメディアの効率をしっかり検討することが大事です。検討する指標として最も重要なのはレスポンス率です。情報を届ける対象人数に対してどれだけの人が新客になってくれるかという率です。
目標が人数であると明確になったとき、一つ陥りがちな罠があります。大きな割引や意図的な低単価商品を前面に押し出してしまうことです。
確かにこのやり方で通常より意図的に客単価を下げると、客数は確実に増えます。私も通販企業時に一度経験をしたことがあります。通常の半分以下の単価の商品で新客獲得キャンペーンを行ったのです。
結果は予想をはるかに上回る新客が殺到してコールセンターがパンクし、一般社員もみな受注に駆り出されました。これは大成功と思いきやしばらくたつと、このとき獲得した新客がその後全く購入してくれないことが分かったたのです。
その価格なら買うという消費者ばかり集まったので、倍以上の価格の通常商品を買う動機は全くなかったのです。これではどんなに高度なCRMノウハウをもってしても挽回は不可能です。高い授業料でしたが良い教訓になりました。
既存客が少ないうちは、新客の方が圧倒的に多いので、妥当な方法を見つけられる可能性は高いです。ところが既存客が順調に増えてくると、困ったことに同じ施策、同じ費用で獲得できる新客数が減ってくるのです。
最初は対象者が全て新客候補ですが時間がたつとその中で既存客がどんどん増えていき、新客獲得に有効だった施策が、いつのまにか反応するのは既存客ばかりという現象が起こるのです。当然1人当たりの獲得費用も上昇します。それをカバーできるくらいLTVが上がっていくのが理想なのですが、それにも限界があります。
ここで新客獲得を非効率だとして諦めてしまうと、その企業ないしブランドは衰退の道に進むしかありません。ではこの事態を避けるためには、どのような施策が考えられるでしょうか。
一つは既存客に新客獲得の役割を担ってもらうことです。一見そんなことは不可能だと思うかもそれませんが、これは実際に行われてきている方法です。以前からも「お友達紹介プログラム」というのが存在していました。既存客がその友人を紹介してくれたら、紹介された人にもした人にもメリットを供与するという仕組みです。
この仕組みは最近ではブランド・ロイヤルティーの観点から改めて注目されています。どういうことかというと、既存客の中でもブランドに強い愛着を持つ既存客(ロイヤル層の既存客)は他の人にもそのブランドを強く推薦する傾向があり、それが新客獲得に少なからず貢献しているということです。旧来のメディアでの新客獲得の効率が落ちる中でこれを活用しない手はない、ということが認識されてきているのです。これはファンマーケティングとも呼ばれています。
この手法が広がる背景にはスマホの普及に伴いSNSが大きな力を持つようになったことがあります。商品を購入する前にネットで評判を調べるのは今や通常の行動パターンになっていますが、そのときに参考にする口コミ、それこそが既存客の影響で新客が増えるという好例なのです。そう考えると今や既存客による新客獲得はごく普通のことだと分かります。
マスメディアによる新客獲得効果が旧来の力を失う一方で、近年それを代替してきたのが新たなメディアとしてのインフルエンサーでした。しかし企業による広告目的の発信と区別が難しくなることでそれを避けるよう規制が強化されていることもあり、その役割が徐々に既存客からの発信に移りつつある、という見方もできるでしょう。このような利用者による情報発信はUGC(UserGenerated Contents、ユーザー生成コンテンツ)と呼ばれ、信頼度の高いメッセージとして扱われるようになってきています。
新しい販売チャネルに進出することも新客獲得の機会を増やすうえで有効な方法です。現在では実店舗の販売に加えネット販売を行うということが普通になっています。実店舗でも直営店と卸売りはまた違ったチャネルです。違うチャネルではまた違った新しい消費者に出会え、違った新客が獲得できる機会となります。これがオムニチャネル戦略のメリットの1つです。
1つのチャネルで既存客になっていても、新たなチャネルができるとそこではまた違った消費が上乗せされることが期待できます。既存客の購入チャネルが増えると購入機会が増えて購入総額は増えるというのもオムニチャネル戦略のもう1つの、そして最大のメリットです。
店外イベントという新客獲得手段もあります。店外というと実店舗を展開している企業やブランドの施策のように思えますが無店舗でも行えます。現在多用されているのが期間限定出店、いわゆるポップアップストアです。これは一定期間(1週間から長いと半年に及ぶ場合もあります)を決めて新客の獲得しやすい場所への出店をすることを指します。
リーマンショックから回復した2010年以降、米国の主要繁華街では家賃が急騰し小規模な商店や飲食店では全く採算が合わなくなりました。大手のスポーツブランドやIT企業のショールーム的な出店、すなわち家賃を売り上げで賄うのでなくブランドの広告投資として扱える企業でないと出店が難しくなりました。
そこで考えられたのが、強い集客力という地の利を生かして長期の賃貸借でなく短期的な賃貸借を行うことで、これに短期的に新客獲得をしたい企業やブランドの認知を上げたい企業のニーズと合致して広がってきました。日本でも大きなトレンドがなくなってくる中で、常に新たな話題を作りたい商業施設側の意向もあって、通行量の多い良い場所をポップアップ用に貸し出すケースも増えてきました。
あまりに短期の出店だと通常は建築費を償却しきれずだいたい赤字になります。ですからポップアップ店を通常店舗の売り上げの補塡と考えると損益的には難易度は非常に高いと言えます。しかしその目的を新客獲得とすれば、採算ベースに乗せることは十分可能です。そこで獲得した新客は自社のWebサイトで引き続き既存客としてフォローしていくことができるからです。
純粋にブランドを浸透させることで新客を獲得する方法もあります。グッチやディオールなどラグジュアリーブランドは、美術館などを使った大掛かりなイベントも頻繁に行っています。これは広告などでは伝えきれないブランドの本質を直接消費者に伝えるための大掛かりな仕掛けです。そのため最初からロイヤルティーの高い新客を獲得できる可能性があります。
最初に反応するのはブランドのロイヤルカスタマーですが、大きな仕掛けによりその発信力がより強力になるため一般消費者にもそれが伝播する効果が出てきます。これはラグジュアリーブランドだけでなく、全ての企業・ブランドで参考にすべき動きだと思います。
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