日産自動車が2025年5月13日に発表した経営再建計画「Re:Nissan」は、大きな衝撃を与えた。ただし、これは一企業の問題だけではない。日産は日本を代表する自動車メーカーであり、自動車産業の根幹を担う存在だ。仮に経営が破綻すれば、その影響は業界全体に及ぶ。
自動車産業は典型的な装置産業であり、1台の車に使われる部品数は約3万点に上る。メーカーの背後には、
――など多くの企業が存在する。それぞれの企業には多くの雇用がひも付いており、経済への波及効果は極めて大きい。
このように、自動車メーカーの経営は単独で完結しない。供給網や関係企業を含めれば、その経済的な広がりは一企業の枠を越える。日産が破綻すれば、業界全体に負の連鎖が起きる可能性がある。
本稿では、数十年ぶりの経営危機に直面する日産について、国による支援の是非を検討する。あわせて、支援策の実効性についても検証する。
日産の2025年3月期の純損失は6709億円となった。2000(平成12)年3月期の過去最大赤字(6843億円)に迫る水準である。負債総額は、企業が自力で再建可能な水準を超えつつあり、独力での再生はすでに困難な段階に入っている。
日産が発表した再建計画「Re:Nissan」では、2024年度から2027年度にかけて約2万人の人員削減を見込む。加えて、生産体制の再構築を進め、車両組立工場を現在の17拠点から10拠点へと集約する方針だ。パワートレイン工場についても配置転換や生産シフトの見直しに加え、設備投資の抑制を進めていく。
象徴的なのが、北九州市で計画されていたLFP(リン酸鉄リチウムイオン)バッテリーの新工場。すでに建設は中止され、今後の電動化投資の抑制姿勢が明確になった。
各地で進む工場閉鎖は、単なる生産体制の再編にとどまらない。地域経済に与える影響は大きく、数値での把握は難しいが、インフラや生活基盤そのものに打撃を与える。結果として、地域の空洞化を加速させるリスクが高まっている。
自動車産業は部材供給から完成車販売まで複雑な産業連関構造を持つ。日本の製造業における雇用、投資、輸出を支える重要な経済エンジンだ。中でも日産は、全国に広がる取引先網と系列構造を背景に、特定地域にとどまらず産業基盤全体に影響を及ぼす存在である。
帝国データバンクによれば、日産と直接・間接で取引関係を持つ企業は、約1万9000社に上る。その分布は地域経済に密接に結び付いている。このため、日産の国内生産縮小は単なる生産拠点の減少にとどまらない。
――を同時に引き起こし、地域経済の循環機能を低下させる可能性が高い。特に地方都市にある中小製造業は顧客基盤の多様化が進んでおらず、特定メーカーへの依存度が高い。結果として、一次受け・二次受け企業が連鎖的に打撃を受け、地域経済全体の縮小につながる構造が浮かび上がる。
こうした構造的な脆弱性は、過去の業界再編局面でも顕著だった。企業規模が小さいほど、代替需要を取り込む資金調達力や営業開拓力が弱く、キャッシュフローの断絶に直結しやすい。また、設備償却が終わっていない製造設備の残存負債や、専門職従業員の再雇用が困難な点も足かせとなる。これにより市場からの撤退を余儀なくされるケースも少なくない。
一方、日産が進める再編計画には制度上の妥当性があっても、人的資本の流動性に限界がある。配置転換や再教育制度が整っていても、実際に機能するには時間的余裕と再訓練投資が不可欠だ。特に40代後半以上の社員にとって、新スキルを短期間で習得し市場価値を保ったまま再就職するのは難しい。
結果として退職や非正規雇用に追い込まれることが多い。この傾向は企業内に蓄積された技能や暗黙知の断絶を招き、生産効率や品質管理の低下をもたらす。さらに問題となるのは、組織内で高評価を得ていた人材ほど早期離職を選びやすいことだ。市場で通用する能力を持つ人材は、業績悪化企業に長くとどまる理由が乏しい。これにより社内のスキル構成が急激にアンバランス化し、
――だけが残る。結果、再建期に不可欠な技術革新や品質改善の推進力を欠く事態になる。
こうした状況は単なるコスト削減のリストラでは解決できない。むしろ組織機能の空洞化を招き、競争優位を内側から損なう危険性がある。日産の経営再編は、局所的な経費削減や拠点縮小のミクロ最適化にとどまらず、産業構造の変化に耐えうる人材・技術・資本の再構築に踏み込まなければならない。
持続的な成長軸の再獲得は不可能だ。これは一企業だけで解決できる課題ではなく、制度的・政策的調整が必要な次元に入っている。
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