大東建託「がん診断で100万円」 異色の福利厚生はどんな仕組み?古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2025年07月18日 13時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 賃貸住宅建設大手の大東建託が、がんと診断された社員に対して休暇と一律100万円を支給する新制度を8月から導入すると発表した。

 具体的には、大東建託側が団体加入するがん保険を活用し、会社が全額保険料を負担して、保険金が社員に支給される仕組みである。

 制度の特徴は、企業が直接給付するのではなく、団体保険を通じて社員にまとまった資金を提供する点であろう。

 民間企業においてがん診断時に金銭支援を明示する例は珍しく、現金100万円という高額給付も異例だ。診断から2年経過後に再発や転移で入院治療が必要となれば、再度100万円が支給されるという。どのような狙いを持つ仕組みなのか。

背景に「がんと共生する現役世代」の増加

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 この制度は、2025年6月に改正された労働施策総合推進法の精神にのっとったものだろう。この改正では、あいまいであった疾病や、うつ病などの従業員について、雇用主は労働者を雇用継続する努力義務を明記した。

 疾病の中でもがんについては、2018年のがん対策基本法が改正された時点で努力義務が存在すると明記されていた。今回の法改正は、がん対策基本法の改正事例に足並みをそろえる形で実施されたものであると考えられる。

 国内では、年間で約20万人の現役世代(20〜64歳)が新たにがんであると診断されている。65歳以上の高齢者も就労を継続する社会が到来すれば「がんを治療しなければならない現役世代」の数はここから大きく増加していくだろう。

 しかし、地方自治体や国の制度としては各種の補助金や奨励金の制度があるものの、その多くはがん患者となったものを「新たに雇い入れる」ことが要件にとどまるケースが多い。既存社員ががんになった場合は経済的な補助を受けづらい点はいまだ課題だ。

 この点、大東建託の制度は100万円という保険としての支援も、そして就労継続支援も福利厚生として対応している点を評価すべきだろう。最大24カ月の治療休職制度や、1時間単位で取得可能ながん治療用の有給休暇(年間7日)を整備し、いち早く国の目指すがんとの共生を目指す制度を模索している。

海外でも福利厚生としての「保険」が拡大

 大東建託と同様の支援制度は、欧米企業を中心に先行例が存在する。例えば国内におけるNTTグループのような立ち位置である、英国の通信大手BTグループでは、ユーナム保険会社の保険を活用することで、がん診断を受けた従業員が就労継続できる仕組みがある。

 ユーナムグループは福利厚生として法人が導入する保険に強みを持つ保険会社であり、その株価は5年前から4倍以上に高騰している。時価総額は日本円で2兆円に迫る勢いだ。これは日本郵政グループの「かんぽ生命保険」の時価総額の1.5倍以上の規模である。

出所:google finance 時価総額はドル建て

 海外の動向も合わせて考えると、大東建託のように「保険を福利厚生の一部」と位置付ける動きは、日本国内においても今後広がりを見せてくる可能性がある。

 従来、日本企業の福利厚生といえば社宅や食堂といった設備が中心だった。しかし、雇用の多様化や家族構成の変化に伴い、近年における福利厚生の内容は住宅手当のような現金給付や特別な休暇付与といった施策メインになりつつある。

福利厚生としての保険、企業にもメリット

 保険という仕組みは、最近の福利厚生の潮流に合致したサービスだ。

 企業にとって、保険料という支払いのシステムは莫大な支出にはなりづらい。加えて、その保険料も税制上有利な処理が可能な商品も存在する。そのため、企業と従業員の双方にとって保険を福利厚生として取り入れるのは合理的な手段となり得るのだ。

 がん治療は精神的・身体的・経済的な負担が大きく、特に初期診断時には多額の医療費や生活費がかかる。

 高額医療費制度を活用すれば一月当たりの医療費は多くの場合5万7600円から20万円弱で収まる。ただし、この制度は高額な医療費が「後で」払い戻される制度なのだ。短期で治癒できたとしても一時的には高額な出費がかさむこともあれば、治療に長い時間がかかれば手出しでそれなりの治療費がかかってしまうこともある。

 「100万円」という大東建託の金額は、その金銭負担を軽減する意味で現実的な水準なのだ。

 近年、人的資本経営の観点から、従業員の健康支援やメンタルヘルス対応が企業価値の源泉と見なされつつある。

 大東建託のがん支援制度は、そうした流れの中で「保険」をツールとした新たな福利厚生モデルを提示するものとなりそうだ。

 労働力の確保や人的資本投資という視点で見れば、今回の制度は単なる善意ではなく、持続性と合理性をも備えた優れた施策と評価できるのだ。

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