高速バスで相席避ける悪質「裏ワザ」が横行 背景に安すぎるキャンセル料、なぜ?Merkmal

» 2025年07月26日 08時00分 公開
[木村義孝Merkmal]
Merkmal

 高速バス業界で、新たな迷惑行為として「相席ブロック」が問題視されている。相席ブロックとは、ひとりの利用者が隣り合う2席を同時に予約し、出発直前に片方をキャンセルすることで、隣に他人が座らないようにする行為である。

 この手法により、実際には空席があるにもかかわらずシステム上は「満席」と表示される。その結果、本来は乗車できたはずの利用者が予約できない事態が発生している。

 2024年6月、北海道の沿岸バスが公式SNSで「意図的に相席をブロックする行為は絶対におやめください」と注意喚起した。これをきっかけに、問題は全国的に注目を集めた。

 九州急行バスも同月、福岡〜長崎間の高速バス「九州号」で同様の行為を確認したとSNSで明らかにした。同社はこれを「悪質な予約妨害行為」と断じている。

 不正な決済や、予約だけして乗車しないケースも複数確認されており、深刻な運営妨害となっている。こうした行為は、バス会社にとっては機会損失となるだけでなく、本当に移動を必要とする人から交通手段を奪うことにもつながっている。

 背景には、相席に対する乗客の心理的抵抗がある。とくに長時間移動の高速バスでは、見知らぬ人と隣り合わせになることに不快感を覚える人が多い。女性乗客からは、隣に男性が座ることに不安を感じるという声も上がっている。プライバシーや安心感を求める心理が、相席ブロックという行動を生んでいる側面もある。

 しかし、個人の快適性を優先するこのような行為が、結果的に業界全体の健全な運営を脅かしており、構造的な対応が求められている。

高速バス業界で新たな迷惑行為として「相席ブロック」が問題視されている。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

キャンセル料「100円前後」 なぜこんなに安い?

 相席ブロックが横行する最大の要因は、高速バスの「キャンセル料の安さ」にある。多くのバス会社では払い戻し手数料を100円前後に設定しており、当日キャンセルでも金額は変わらない。この格安な取消料が、利用者にとって「負担が軽い」と感じさせる要因になっている。

 JRバス関東では、キャンセル料は110円から最大で運賃の50%まで。路線によって異なる。沿岸バスでは、電話予約の取消料は無料、Web予約では210円となっている。ホテルの当日キャンセル料が宿泊料の50〜100%であることを考えれば、バスの設定は極めて寛大だ。この背景には、

  • 1980年代の鉄道間競争の激化
  • 標準運送約款で普通乗車券の払戻し手数料を「100円以内」と定めた歴史

――がある。近年、バス代は上昇しているが、取消料は据え置かれたままだ。その結果、取消料の相対的な比率が低くなり、悪用されやすい構造が生まれている。

 こうした課題を受けて、各社が対策を進めている。例えば、西日本鉄道が運行する高速バス「はかた号」では、2024年12月20日からキャンセル料を段階的に引き上げる。

 従来は当日でも110円だったが、新制度では、11日前〜9日前は20%、8日前〜2日前は30%、前日以降は50%に設定される。より厳格な料金体系へと改めるかたちだ。これらの取り組みは、他社にとっても有力なモデルケースになるだろう。

高まる高速バス需要

 そもそも利用者がそれほど多くなければ、相席ブロックが発生しても大きな問題にはならないかもしれない。だが近年、物価高騰の影響で、高速バスが「安価な移動手段」として再評価されている。

 例えば東京〜大阪間の移動費を比較すると、新幹線の普通車指定席は約1万3870円。格安航空会社(LCC)は5000円から1万円程度だ。これに対し、高速バスは最安で4000円前後という破格の料金設定となっている。

 とくに夜行バスの需要が急増している背景には、宿泊費の高騰がある。WILLER EXPRESSの調査によれば、宿泊料金はコロナ前と比べて約30%上昇した。この影響で、夜行バスを「移動と宿泊を兼ねた手段」として選ぶ利用者が増えている。

 高速バスの年間輸送人員は、約1億1000万人を超える。これは国内の航空業界(約9000万人)を上回る規模だ。2024年の年末年始には、高速バスの利用者数が前年同期比で14%増加。予約の早期化も進んでいる。

 こうした需要の高まりが、座席確保をめぐる競争を激しくしている。バスタ新宿の1日平均利用者数は約2.1万人。繁忙期には最大で約4.1万人に達する。人気路線では予約が取りにくくなっており、このような状況下では相席ブロックのような迷惑行為は、決して見過ごせない問題である。

 さらに、ドライバー不足も事態を深刻化させている。いわゆる2024年問題として、バス業界では時間外労働の上限が年960時間に規制された。加えて、改善基準告示により、1日の拘束時間は13時間以内、休息時間は連続11時間以上の確保が義務付けられている。

 バス業界では労働環境の改善が少しずつ進んでいる。しかし、増加する需要とのバランスが取れていない。ドライバー不足により、増便したくてもできない状態が続いている。

厳格な対応へ舵切るバス会社も

 相席ブロックへの対策は、前述の「はかた号」だけにとどまらない。バス会社各社が運用ルールの見直しに動いている。例えば京王バスは2024年7月から、富士急グループのフジエクスプレスと共同運行する「新宿〜富士五湖線」で、予約・決済期間や払戻手数料のルールを大幅に改定した。

 従来は乗車日当日のキャンセルでも払戻手数料は100円だったが、改定後は乗車日前日午前0時以降のキャンセルについて、運賃の50%を徴収する。決済期限を過ぎた予約は自動的にキャンセルされる仕組みも導入した。乗車日2日前以降の電話予約も受け付けない方針に切り替えている。

 予約システムの改良も進み、悪質なキャンセルを自動で検知する監視機能の導入も増えている。JRバス関東では、不正と判断した場合に

  • 会員資格の取り消し
  • 予約の拒否

――など、厳格な対応を取る姿勢を明示している。

 高速バス業界はいま、利用者の利便性と事業の健全性のバランスが問われる重要な局面にある。これまで柔軟だった予約・キャンセル制度は一部で悪用されてきたが、各社の対策強化によって、信頼できる交通手段としてのあり方が再構築されつつある。

© mediavague Inc.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR