昇進が見送られたり、提案が採用されなかったり、育成の機会が得られなかったりする経験を「上司の能力不足」と捉える声は多い。しかし、その判断は早計かもしれない。組織内で起きる現象には、個人の能力を超えた構造的な背景がある場合も多い。
最近の調査では、管理職や上司に対して「十分な育成支援がない」と感じる声が多数報告されている。
人材教育サービスを手掛けるEdWorks(東京都新宿区)の2024年8月調査(課長・部長クラス304人対象)では、65%が「部下育成に関して会社からの支援が足りない」と回答した。2023年の調査でも、管理職の62%が育成に悩みを抱えている。特に部下数が増えるほど、その傾向は強まる。こうした環境では、部下への指導に必要な支援も不足し、上司評価と現実のギャップが大きくなる。
厚生労働省の2023年度「能力開発基本調査」によれば、正社員に計画的なOJTを実施した事業所は61.1%である。非正社員では27.1%にとどまる。OFF-JT(研修)に支出する費用や制度も限定的で、教育訓練休暇制度を導入している企業は7%前後に過ぎない。
このような制度的制約が、上司の育成能力を十分に高められない背景となっている。能力開発や育成に問題があると認識する事業所は79.9%に達し、多くの企業で育成体制の課題が顕在化している。
こうした環境では、成果を上げた人が育成やマネジメントを経験せずに管理職に昇進することがある。その結果、
――のギャップが生まれ、組織の機能不全が起きやすくなる。
心理面では、部下や従業員がキャリア期待と現実の乖離を経験すると、「上司に責任がある」と考えやすい。
「自分はもっと評価されるべきだ」と感じ、環境や上司のせいにすることで自己防衛する傾向がある。この責任転嫁構造は一時的に心の安定につながるが、冷静な判断を阻む可能性がある。
理想的には上司は部下を成長へ導く存在と期待される。しかし、現実の環境ではその役割を十分に果たせない場合が多い。このギャップが「無能」という印象を生む土壌になっている。
一方、逆風にも左右されずキャリアを進める人もいる。厚労省の個人調査によれば、自己啓発やOFF-JTを併せて実施した労働者の割合は46.9%に上る。特に正社員で高い傾向がある。外部研修や資格取得、副業などによる自己投資で、自ら成長機会をつくろうとする動きだ。
――などを活用し、新たな視座や知見を得て自分を客観視する機会を増やすことは、各自でも可能である。さらに、上司に過剰な期待をせず、必要なリソースだけ活用する割り切りの姿勢は、精神的・実務的に安定した成長につながる。
現代日本企業には、長期雇用と成果主義、曖昧(あいまい)な職務定義と自律の期待といった制度的矛盾が共存している。制度が十分に整っていない現実を前提とし、「制度や上司を変えよう」と闘うよりも、「それらをどう使いこなすか」に焦点を当てた方が現実的で建設的である。
上司に恵まれなかった経験は、将来自分がマネージャーになった際に、何をするか、何をしないかの設計図となり得る。その反面教師としての経験を自身の成長資源とする視点こそ、成熟した自律キャリアの基盤となる。
組織に自分の能力やキャリア開発を支援してもらうことに過剰に依存せず、サポートの不完全さを前提として自分なりのキャリアを構築する姿勢が、これからの時代には必要である。
企業側も、マネジメントスキルの育成を昇進後に任せるのではなく、早期から段階的に準備することが望ましい。ナレッジ共有やスキルシェアの場も、デジタル技術の活用で整備可能になりつつある。
キャリアは外部から与えられるものではない。制度にも上司にも完璧を求めず、それでも希望を失わず、自ら選び、動いて創り出す営みである。
「無能な上司」とされる評価の背後にある構造や心理を読み解くことで、学びや突破のヒントが見えてくる。
制度への幻想を捨て、自律的な視点を強める。このバランス感覚こそ、現代の成熟したビジネスパーソンにとって価値ある知性である。
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