しかし、華々しい数字の裏には現実的な課題も潜んでいる。「売り上げに対する人件費の比率の改善はあるのか」──。記者が問いかけた率直な疑問に対し、300万時間削減という壮大な数値目標は示されるものの、それが人件費削減や生産性向上にどの程度の財務的インパクトをもたらすかについて、具体的な数字は出てこなかった。
開発部門のAI活用状況も興味深い。「ものすごく使っているが、あえて定量的に効果を測っていない」(小野氏)。新卒社員にとって生成AIを使うことが当然になった今、「効果があることは明らかなので、数値化することにこだわっていない」という。効果が自明すぎて測定の意味がないほど浸透している状況だ。
こうした状況は他社においても共通している。現在は生成AIへの投資ステージであり、生産性向上の効果はこれからついてくる段階だ。業務量◯◯時間削減という表現は出てきても、具体的にどのくらい人件費を抑制できるとか、利益率が向上するなど、まだ財務的な効果を厳密に計測する段階ではないというのが実情だろう。
明確な効果がまだ見えなくても、肌感覚では確実に成果が上がっている実感はある。そして何より、AIに取り組まないと近い将来、確実に競争力を失うという危機感を各社が共有している。
こうした過渡期の取り組みが目指すのは、単なる時間削減を超えた組織変革である。300万時間──社員1500人分の年間労働時間に相当するこの膨大な時間を、クレディセゾンは「全事業部・全社員の業務をAI前提に再設計する」という根本的な変革に活用する構想だ。
具体的なロードマップも描かれている。2026年度には資産形成ローンや家賃保証事業でもAI化を進める。さらに2030年には「全社員がデジタル人材になる」という水野社長の長期ビジョンの実現を目指す。これは単なる効率化を超えて、AIと共創する組織への完全な転換を意味する。
その実現に向けて同社が取り組むのは人材育成だけでなく、周辺領域にも及ぶ。例えば「AIフレンドリーな情報・システム設計」の徹底だ。社内規定類では注釈を該当用語の近くに配置し、「◯◯とは」の形で注釈を入れるだけでAIが間違えにくくなる。システム開発においてもAI連携やデータ構造の透明性を重視し、AIが参照・実行しやすい設計思想への転換を図る。
削減された300万時間が確実に新たな価値創出につながるかは、こうした変革の成否にかかっている。「AIを使う」状態から「AIと共創する」状態への転換という水野社長の言葉通り、同社の挑戦は業界全体の道筋を示すものとなるだろう。
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