このような状態は、「静かな昇進(Quiet Promotion)」と呼ばれています。「静かな昇進」はかつて社会問題になった「名ばかり管理職」とは異なり、自分でも気付かないうちに仕事の要求度が増え、過重労働に陥ります。状態としては「サービス残業」に近く、最悪の場合、精神疾患やバーンアウト(燃え尽き症候群)に至るケースも多数報告されている、極めて危険な状態です。
もともとはコロナ禍の欧米で広がった言葉で、研究も蓄積されてきました。例えば、「静かな昇進」に陥りやすいのは、「責任感が強く、頼まれた仕事を断れない人」「自分の成果をアピールするのが苦手で、黙々と働く人」「仕事を優先し、不満があってもそれを口にしない人」。また、「静かな昇進」を経験した人は、エンゲージメントが低下し、離職傾向が強まることも分かっています。
「静かな昇進」は組織に一時的な生産性の向上をもたらす一方で、従業員には大きな心理的・生産性への影響を与え、仕事への満足度や士気を低下させます。企業の基盤を揺るがしかねない、由々しき「働かせ方」なのです。
欧米でこのような研究が蓄積されているのは、裏を返せば「静かな昇進」という新しい言葉が生まれたからに他なりません。新しい言葉が生まれれば、それまで個人が抱えていた「声にならなかった悲鳴」を社会問題として認識し、議論するきっかけになります。
コロナ禍でのリモートワークの普及や、仕事に対する価値観の変化を背景に、「静かな退職(quiet quitting)」という言葉が生まれ、日本でも広がったことで、「ああ、仕事にモチベーションがわかないのは、自分だけじゃなかった」と多くの人が共感しました。自分たちが抱える不満が個人的なものではなく、社会全体で起きている共通の現象だと認識できるようになりました。一方、企業は働く人が「静かな退職」にならないような「働かせ方」を模索するようにもなりました。
「静かな昇進」も同じです。
欧米では言葉が生まれたことで、企業側、労働者側、専門家が、働き方やモチベーション、評価制度などについて議論する土台ができ、働く人の労働内容と報酬との間に生じている不均衡が浮き彫りになりました。実際、米国で行われた調査では、フルタイム労働者の78%が、追加の報酬なく仕事量の増加を経験しているという結果も出ており、この現象が広範囲に及んでいることが示唆されています。
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