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AI研修は「対症療法」に過ぎない 変化を乗り切る「動的」な人材計画とは?AI・DX時代に“勝てる組織”(1/2 ページ)

» 2025年09月30日 07時00分 公開
[小出翔ITmedia]

連載:AI・DX時代に“勝てる組織”

AI時代、事業が変われば組織も変わる。新規事業創出に伴う人材再配置やスキルベース組織への転換、全社でのAI活用の浸透など、DX推進を成功に導くために、組織・人材戦略や仕組みづくりはますます重要になる。DX推進や組織変革を支援してきたGrowNexus小出翔氏が、変革を加速させるカギを探る。


「とりあえず研修」ではAI時代を乗り切れない

 企業の競争力がAIによって左右される時代。「DXやAIリテラシーの教育が急務だ」として、企業が主導するリスキリング施策の重要性が叫ばれています。

 しかし、その具体的な打ち手として「取りあえずeラーニングを導入しよう」「はやりの研修を整備しよう」といった対症療法的な施策に終始してはいないでしょうか。

 もちろん、学習機会の提供は重要です。しかし、企業の進むべき方向性、つまり事業戦略と連動しない人材育成は、コストを浪費するだけで、真の変革にはつながりません。

 自社がどの事業領域に舵を切り、そのためにどのような能力(スキル・専門性)を持つ人材が、いつまでに、何人必要なのか。この問いに明確に答えられなければ、効果的な人材戦略は描けません。

 この問いに答えるための強力な羅針盤となるのが、本稿で解説する「動的人材ポートフォリオ」です。

 本記事では、事業戦略と人材戦略をダイナミックに連携させ、変化の激しい時代を勝ち抜くための「動的人材ポートフォリオ」の策定手法と、その運用を成功に導くための勘所を、先進企業の事例を交えながら解説します。

AI時代に注目される「動的」人材ポートフォリオとは?

 人材ポートフォリオとは、企業の事業戦略に基づき「どのような人材が」「どこに」「どれだけ配置されているか」を可視化し、最適な配置・育成・採用を計画するためのフレームワークです。

 これは、事業の選択と集中を考える「事業ポートフォリオ」と対になる考え方で、経営資源である「ヒト」の最適配分を目指すものです。この考え方自体は新しいものではなく、1980年代から戦略的人事の文脈で語られてきました。

 しかし現代において、ただのポートフォリオではなく「動的」(ダイナミック)であることが強く求められています。

 その背景には、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖まい性)と呼ばれる現代のビジネス環境があります。

 事業ドメインの転換やビジネスモデルの変革は数年単位、あるいはもっと速いスピードで起こっています。人材の構成もまた、静的なものではなく、事業戦略の変化に合わせて柔軟かつ迅速に組み替えられる必要があります。

 さらに「人的資本経営」への注目も大きな後押しとなっています。投資家をはじめとするステークホルダーは、企業が生み出す価値の源泉として「人的資本」に強い関心を寄せています。

 自社の戦略実現のために、どのような人材に投資し、その結果どのような価値創出を目指すのか。これを論理的に説明する上で、人材ポートフォリオは不可欠なツールなのです。

「動的人材ポートフォリオ」策定の4ステップ

photo 動的人材ポートフォリオを策定するには(提供:ゲッティイメージズ)

 それでは、具体的にどのように動的人材ポートフォリオを策定すればよいのでしょうか。ここでは、大きく4つのステップに分けて解説します。

ステップ1:人材を分類する「軸」と「粒度」を決める

 まず、自社の人材をどのような切り口で分類するかを定義します。この「軸」と「粒度」の設計が、ポートフォリオの有効性を左右する最初の、そして最も重要なポイントです。

軸の組み合わせ

  • 会社・事業に力点を置く軸:事業、機能(開発、製造、営業など)、エリア(国内、海外)など。事業ポートフォリオの転換と連動させ、リソース配分を考える際に有効
  • 人・組織に力点を置く軸:職種、役割、スキル、コンピテンシー、専門性など。個々の人材の育成や再配置を検討する際に有効

人材群の粒度

  • どの程度の細かさで人材をグループ化するかを決める
    • 「事業創発人材」「グローバル経営人材」「機能スペシャリスト」といった大きなくくりもあれば、「データサイエンティスト」「UI/UXデザイナー」といったより具体的な職種レベルまで、目的に応じて設定する
    • 一般に、全社で管理する重要な人材群は3〜5種類程度、技術職など部門で精緻に管理したい人材群はさらに細分化するケースが多く見られる

【補足】人材タイプの置き方の代表的なパターン

 人材群(人材タイプ)の分け方は企業の戦略や目的によってさまざまですが、代表的なパターンとして以下の4つが挙げられます。自社の状況に合わせて、これらのパターンを単独で、あるいは組み合わせて活用することが有効です。

1.職種・ジョブ連動型

  • 既存の職種や社内等級、ジョブディスクリプション(職務記述書)に基づいて人材タイプを設定する、最も基本的なアプローチです。「営業職」「開発職」「企画職」「管理部門職」のように、多くの企業で既に存在する区分を活用します。
  • 長所:導入が容易で、既存の人事データとの連携がしやすい
  • 短所:既存の組織構造に縛られやすく、将来の事業変革に必要な新しい役割やスキルを定義しにくい場合があります

2.コンピテンシー型

  • 企業の価値観や行動規範に基づき、高い成果を出す人材に共通する行動特性(コンピテンシー)を軸に分類します。「リーダーシップ人材」「変革推進人材」「課題解決型人材」といった分け方です
  • 長所:次世代リーダーの育成や、組織文化の醸成と連動させやすい
  • 短所:定義が抽象的になりがちで、客観的な評価や人数の把握が難しい場合があります

3.専門人材型

  • 特定の専門領域における知識やスキルの深さを軸に分類します。「財務スペシャリスト」「法務スペシャリスト」「SCM(サプライチェーン・マネジメント)エキスパート」など、高度な専門性が求められる職能で活用されます
  • 長所:プロフェッショナル人材のキャリアパスを明確にし、育成やリテンション(定着)につなげやすい
  • 短所:全社共通の枠組みとしては適用しにくく、他の型との組み合わせが必要になることが多い

4.DX特化型

  • DX推進という特定の戦略課題に対し「この新規事業にはデータサイエンティストが2人、UI/UXデザイナーが1人必要だ」というように、具体的なプロジェクトベースで必要な役割(ロール)を定義し、確保・育成を目指すアプローチです。経済産業省の「デジタルスキル標準」などを参考に、「ビジネスアーキテクト」「データサイエンティスト」「サイバーセキュリティ」「UI/UXデザイナー」といった具体的なロールで分類します。
  • 長所:DX戦略と人材戦略をダイレクトに結び付け、必要な人材の採用・育成計画を具体的に立てやすい
  • 短所:IT・デジタル領域に特化しているため、全社的なポートフォリオとしては他の型と組み合わせる必要があります。また、ロールの定義を社内で明確に共有することが不可欠です
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