井上裕介(タナベコンサルティング ストラテジー&ドメインコンサルティング事業部 エグゼクティブパートナー)
大型リゾート・旅館にてホテル・スキー場・飲食店舗を運営し、新規企画開発・人材育成・業務改善・収益改革などに従事後、当社へ入社。
現場経験を生かした戦略設計や中期ビジョン策定、新規事業戦略策定、SDGs策定支援など幅広く活躍している。
「ブランド」という言葉は日常的に使われていますが、差別化に成功し、顧客から長く支持され続けるブランドはごく一部です。その違いを生む鍵が、企業が描くブランドビジョンにあります。
単なるロゴやメッセージではなく、「自社はどのような存在を目指すのか」という姿勢を社内外に浸透させ、日々の活動にまで落とし込むことができるかどうか――。
本稿では、ブランドの価値を最大化するための考え方として「TCGブランドバリューチェーン」(新・ブランディングの7つのステップ)を紹介。唯一無二のブランドを築くための実践ポイントを、タナベコンサルティング ストラテジー&ドメインコンサルティング事業部 エグゼクティブパートナー 井上裕介氏が解説します。
ブランドという言葉を聞かない日はありません。ブランドは元々、牧場の所有者が自分の家畜などに焼印を施し、他者の家畜と区別するために行われた行為を表す北欧の言葉に由来していると言われています。
古くから自社と他社を何らかの情報によって区別するということは多く行われてきましたが、インターネットやスマートフォンが普及した現代において、ブランドに関する情報はあまりに多く、ブランドは世の中に溢れています。
多くのブランドがコモディティ化している一方で、付加価値を有し、顧客から愛され、他と明確な差別化を図ることができているブランドも存在します。なぜその企業は他と差別化されたブランドを実現できているのでしょうか。
それは、ブランドの目指す姿を明確にし、社内外に浸透させていることにあります。その目指す姿を「ブランドコンセプト」または「ブランドビジョン」と言います。
顧客へのメッセージという要素が強いブランドコンセプトに比べて、ブランドビジョンは「自ブランドがどのような姿になりたいか」という社員向けメッセージとしての要素が強いのが特徴です。
このどちらを用いるかは、ブランドの考え方によって異なりますが、成功するブランドの共通点は、目指す姿であるブランドコンセプトやブランドビジョンが社内外に浸透し、それに基づく企業活動が日々実践されていることにあります。
この記事では、ブランドビジョンを用いたブランド価値の最大化について述べていきます。
前述のとおり、ブランドビジョンやブランドコンセプトを定義し、社内外に浸透させることで、価値の高いブランドを築くことができます。しかし、それらを中心に一貫した企業活動を行うことは容易ではありません。コモディティ化してしまっているブランドの多くがこの一貫性を実現できていません。
では、ブランドビジョンを企業活動に実装する際に考えるべきことは何でしょうか。
これを定義したものを当社では「TCGブランドバリューチェーン」(新・ブランディングの7つのステップ)」(図1参照)として定めています。
自ブランドが現在保有するブランドバリューを基に、ブランド価値をキュレーション(整理)し、自ブランドの目指す姿としてブランドビジョン(目指す姿・価値創造ストーリー)を定める。
このブランドビジョンを企業としてデザイン化するため、ブランドのビジネスモデルとブランド名・ロゴなどのブランドアイデンティティに落とし込む。その後、ブランドを築くプロセスを設計した上で、インナー・アウターのブランディングアクションを具体化する――。
これらの手順を踏みながら、自ブランドを設計・具体化するプロセスが「TCGブランドバリューチェーン」であり、この連鎖した考え方・活動を行うことで、ブランド価値を最大化できます。以下で、それぞれのフェーズにおけるポイントを説明します。
このプロセスのポイントは、自ブランドが現在保有するブランドバリュー(付加価値要素)を明確にすることです。自ブランドの強みと現状を明確化し、どのようなブランド価値を提供するか検討する前に、ブランドの現状を整理します。
なお、新規ブランドを検討する場合においては、ブランドの母体となる企業の分析を行う必要があります。以下の項目を明確にしていきます。
自ブランドの対外的・相対的な位置付け。自ブランドが顧客に提供している付加価値の要素を、競合となるブランドと比較しながら整理することで、自ブランドおよび自ブランドの提供する価値の位置付けを明確化する。
自ブランドの付加価値を生み出す、他社に真似できない核となる能力(強み)。バリューチェーンマッピングなどにより整理することで、自ブランドの付加価値要素を明確化する。
自ブランドの付加価値を生み出す具体的な企業活動・仕組み。自ブランドの付加価値を生み出している具体的な活動を整理することで、付加価値が生まれるプロセスを明確化する。
ステップ2におけるポイントは、ステップ1で棚卸したブランドバリューを基に、自ブランドが提供したい顧客にとっての価値を絞り込むことです。絞り込みができていない場合、理想が高くなりがちで、机上の空論となり、実現性が低くなります。顧客に対して提供したい価値が何であるか、どのような存在でありたいかを具体化する必要があります。
このステップでは、以下3つの項目を明確にしていきます。
自ブランドが約束する「顧客に対しての提供付加価値」がまとめられた言葉。検討する際は、ブランドバリューの棚卸で整理した「自ブランドが現在持つ価値要素」を、「顧客に約束する価値=利益」という視点で昇華させる。
提供したい顧客にとっての価値・利益のうち、どの要素を重点に置くかが重要である。また、「わが社・わがブランドらしい提供価値」という独自性の視点を持ってキュレーションを行うことも重要である。
上記で定義したブランドベネフィットを最も求めている/最も提供したいターゲットは誰かを定める。つまり、自ブランドが対象とするターゲットはどのような顧客なのかという視点で考える。一般的にはマーケティングにおけるセグメンテーション(地理的・人口動態・心理的)の考え方で設定するとよい。
自ブランドを人間にたとえたときの疑似的な人格(パーソナリティー)を設定する。ブランド価値の具体的なイメージ確認を行うことと同時に、ブランドベネフィット・ブランドターゲットに対するキュレーションの方向性を確認することができる。
ステップ1、2のプロセスで検討した内容を基に、自ブランドの目指す姿としてブランドビジョンを策定します。この構成要素は、
(1)ブランドの目指すべき姿(定性・定量目標)
(2)ブランドコンセプト(目指す世界観)
(3)ブランド価値創造ストーリー
――などで構成されます。
このプロセスからは、ブランドビジョンを実現するための要素を具体化していきます。
まずは、大きな方向性を定めるためにブランドを「デザイン」します。一般的なデザインとしてイメージされるブランドアイデンティティ(ネーミングやロゴ、タグラインなど)だけではなく、ブランドビジョンを実現するためのビジネスモデルも見直す必要があります。
既存のビジネスモデルではブランドコンセプト・ブランドビジョンを実現できない場合が多くあります。この段階で企業としてのビジネスモデルやサービスブランドの事業戦略を見直し、ブランド価値を最大化するためのビジネスモデルとして再設計を行う必要があります。
このプロセスでは、ブランドビジョンを実現するために、ブランドの骨格要素を設計します。
前述の段階を経て、最後に行うことが社内外に向けたブランディング活動です。
ブランディング活動は、社内向けに行う「インナーブランディング」と、社外向けに向けに行う「アウターブランディング」の2つに分けられます。
また、ブランドの位置付けにより、企業自体のブランディング活動である「コーポレートコミュニケーション」と、対象サービスのブランディング活動である「サービスコミュニケーション」を行う場合があり、それぞれアクションの種別が異なります。
ブランディングアクションでは、その品質管理(ブランドマネジメントシステム)が重要となります。そのブランドマネジメントシステムを中心にブランディングアクションを企業の機能として行うことにより、ブランドは日々構築されていくのです。
実際に、TCGブランドバリューチェーンを生かしてリブランディングした事例を1つ紹介します。
日本三古湯の温泉地である和歌山県の南紀・白浜で、70年超の歴史がある老舗旅館・むさし。コロナ禍の厳しい経営環境を乗り越え、持続的な企業体質へ変革を遂げるため、中長期的な経営改善・資金調達・事業再生プロジェクトを推進しました。
このプロジェクト内で、TCGブランドバリューチェーンに沿った事業戦略・ブランディング施策を検討・実行推進しました。
むさしは、「白浜時間の中心地」をブランドビジョンに掲げ、自然や風土、歴史などの資源をブランド価値として旅館外の魅力も開発していく「着地型観光」モデルへの切り替えを目指しました。
ブランドビジョンに沿って、白浜の風土を体験してもらう食事やプログラムの設計・実行とCSマネジメントの取り組みを強化。その結果、約2年半を経て、客室単価は倍増し、黒字化を達成。客室稼働率も向上したことで計画通りに経営再建が進み、宿泊予約サイトの評価(5段階)も3.9から4.3〜4.5へ向上させることに成功しました。
ここまで、差別化されたブランドを築くために、当社が提唱する「ブランドバリューチェーン」とその事例を紹介しました。唯一無二のブランド構築に向けて、少しでも参考になれば幸いです。
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