HR Design +

経済損失額は約9兆円 苦しむ「ビジネスケアラー」たちを放置する会社の無責任河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(1/3 ページ)

» 2025年10月10日 07時00分 公開
[河合薫ITmedia]

著者:河合薫

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。


 「隠れ介護 1300万人の激震」──。衝撃的な見出しが『日経ビジネス』の表紙を飾ったのは、2016年9月のこと。就業者6357万人のうち、5人に1人が隠れ介護と報じられました。その多くは40〜50代の管理職。「介護のことを話せば、周りが気を遣うから会社には言えない」「会社に言えば迷惑を掛けることになる」と、責任ある立場であるがゆえに隠れ介護を選択していたのです。

 その実態は、公的なデータにも表れています。経産省が2023年3月に公表した資料によると、仕事をしながら家族などの介護に従事する「ビジネスケアラー」は、2020年で262万人。2030年には家族介護者833万人に対して、その約4割(約318万人)がビジネスケアラーとなると推計されています。これらの数字に「隠れ介護」は含まれていないので、実際にはもっと多い人たちが、働きながら介護をしていると考えられます。

kk 家族介護者・ビジネスケアラー・介護離職者の人数の推移(経産省「新しい健康社会の実現」より引用)

 しかし、問題の真の深刻さは、数そのものではなく、介護者が直面する「質」にあるといえます。

苦しむビジネスケアラーを放置する会社 

 介護の最大の問題は、実際に「冷たい雨」にぬれないと、その雨の冷たさが分からないということ。この不合理が、介護をしている人を追い詰め、出口の見えない孤独な回廊に引きずり込んでしまうのです。

 先日、マイナビが実施したビジネスケアラーに関する調査でも、残念かつ期待はずれな結果が明らかになりました。

 36.9%の企業が「介護離職防止のための雇用環境整備を現在実施していない」とし、そのうち56.1%が「今後も実施予定がない」と回答したのです。また「ビジネスケアラーへの支援制度があり、内容も十分である」と考える企業はたったの1割。「仕事と介護の両立支援」を人事部門の優先課題として挙げた企業は14.9%で、ビジネスケアラーへの支援や介護への理解を促進する取り組みは、「介護を行う社員が増えた場合に検討したい」(43.5%)、「介護離職が増えた場合に検討したい」(34.3%)などが上位を占めました。

kk 「育児・介護休業法」改正における介護、離職防止のための措置について(プレスリリースより引用)
kk ビジネスケアラーへの支援や、介護への理解を促進する取り組みの導入を行う場合、どのような要素があれば検討するか(プレスリリースより引用)

 社員が増えてから? 離職者が増えてから? 申し訳ないけれど「やる気がない」としか思えません。

 前述の経産省が発表した報告書によると、40〜44歳層におけるケアラーの人数は33万人(2020年時点)であるのに対し、45〜49歳層におけるケアラーの人数は65万人。45〜49歳層におけるケアラーの人数は、10年後の2030年時点に171万人となり、およそ6人に1人が介護をしている状態です。また、ビジネスケアラーは男性が多いことも分かっています。

 つまり、ビジネスケアラー問題の放置は「経営の自殺行為」です。超高齢化社会に直面する日本は、世界中のどこの国よりも率先して、介護の多種多様な問題に取り組まないと“痩せる”ばかりです。実際、ビジネスケアラーの離職や労働生産性の低下に伴う経済損失額は、約9兆円に上るとされています。

 介護問題は極めて重要な経営課題です。にもかかわらず「介護支援に積極的に取り組む予定がない」とは。言葉がありません。その認識の甘さが、働く介護者を追い詰めるのです。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR