「首里」の名を冠していることから、1号店は観光客が多い首里城近くの龍潭(りゅうたん)通りに出店した。沖縄の海や太陽の色をイメージした4種類の固形せっけんを計400個製造し、1個2000円ほどで売り出した。
やや大ぶりなサイズとはいえ、当時の沖縄土産の菓子が小箱で500〜600円程度だったことを考えると、3倍超にもなる額である。周囲からは「売れない」と言われたが、すぐに完売した。
商品力に加え、顧客と向き合う姿勢を大切にしていたコールセンター事業で培った別の強みも作用したという。
「コールセンターで磨いたのは対話力です。首里石鹸の従業員は、お客さんから『沖縄そばの美味しいお店はどこ?』と聞かれたら、少なくとも3件は答えられるようにしました。歩きながらゆっくりと観光を楽しむ層が多い地域だったこともあり、会話そのものを楽しむスタイルが販売の後押しになりました」
この結果は想定外だったわけではない。緒方社長には高単価でも売れる確信があった。その背景には2つの原体験がある。
1つは、服の商人だった母にまつわる記憶だ。母は自ら仕入れた服を催事で販売し、その場で採寸して仕立て直すことで付加価値を乗せ、利益を確保していた。
「仕事を手伝うと、帰りにインベーダーゲームをやらせてくれたので、荷物持ちとかをしていました」と、子ども時代を懐かしむ緒方社長。「母はお客さんと話すのも上手でした。付加価値と対話があれば、きちんと利益を乗せて売れるという考えはずっと頭にありました」と言う。
この手法を確信に変えたもうひとつの原体験が、緒方社長自身の道売り経験だ。沖縄移住から1年後に職を失い、著名な観光地である那覇市の国際通りで始めた。海で集めたサンゴやブレスレットを並べ、価格設定は通りに並ぶ店舗よりも高くしたにもかかわらず、商品の特徴を実演を交えて説明したことで飛ぶように売れた。
場所が良く、顧客と対話ができれば商品の価値を伝えやすい。さらに買う体験自体も価値になれば、安売りをしなくても買ってもらえる。首里石鹸でも、従業員が店頭でせっけんのきめ細かい泡と香りを立たせて通行人の購買意欲を刺激している。緒方社長は「道売り時代から約15年後に首里石鹸を立ち上げました。当時の経験が生きましたね」と笑みを浮かべる。
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