むろん企業も「経験知」を評価した上での意見でしょう。それでもやはり「人手不足の穴埋め」としてシニアを現場にとどめ続けた結果、何が起きているのか──それを象徴するデータが、厚生労働省が公表した「令和7年における労働災害発生状況(確定値)」です。
60歳以上のシニア労働者における労災発生件数は過去最多を更新しました。30代と比較すると、男性でおよそ2倍、女性ではおよそ4倍も労災が起きやすいことが分かっています。けがの種類で最も多いのは「転倒」で全体の4割を占め、治療による休業期間も若手に比べて長引く傾向にあります。
一見すると「働くシニアが増えたのだから、事故が増えるのも当然だ」と思われがちです。しかし、私が取材してきた現場から聞こえてくるのは「働き手個人の問題ではない。企業の『働かせ方』にこそ根本的な構造問題がある」という強い危機感でした。
ある製造業に勤める55歳の部長は、自社の切実な舞台裏をこう明かしてくれました。
「最近の若手社員は過酷な現場を避けがちで、経理や総務などのデスクワークを希望する。会社側も本人の希望を優先せざるを得ず、結果として製造現場の深刻な人手不足が加速しています。そこへ配置されるのが、50代以上の非管理職や役職定年を迎えた社員、そして雇用延長で残ったベテランたちです」
「彼ら・彼女らにとって、長年培った知識や技術を生かせる現場に残ることは悪くありません。しかも最近の中高年はキャリアへの危機感が強く、学び直しの意欲も高い。企業からすれば『低コストで動いてくれる優秀な労働者』でしかないのです」
「しかし、どれだけ意欲があっても、体力や気力の衰えは避けられない。しかも上司が年下の場合、ベテラン側も『体調がつらい』と無理を言い出せず、結果として事故や病気につながってしまうのです」
この「シニアが会社にとって都合の良い労働者になっている」という現場の危機感を裏付ける、象徴的な学術分析があります。
慶應義塾大学経済学部の太田聰一教授が、2013年と2023年の年齢階級別「死傷年千人率」(労働者1000人当たりの1年間に発生した労災死傷者数の割合)を比較したところ、世代間による明確な格差が浮き彫りになりました。若い世代の労災発生率が低下傾向にあるのに対し、50代以降のシニア世代における労災発生率は顕著に増加していたのです。
太田教授はこの背景として
を指摘しています。
つまり、行き場が限られ、文句を言わずに働いてくれるシニア社員が、安全配慮の不十分な「リスクの高い現場」へ優先的にアサインされている。その結果として中高年の労災が増加しているという、構造的な闇が確実に存在しているのです。
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