自治体DX最前線

「競争を避けたい」事業者VS.「競争を維持したい」自治体 ベンダーロックインの「3つの戦略」を知り、回避せよ(3/3 ページ)

» 2026年10月08日 07時00分 公開
[川口弘行,ITmedia]
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AIとセキュリティ要件の高度化 技術変化がもたらす新たなリスク

 ここ数年、情報システムを取り巻く外的環境が大きく変化しています。一般的には事業者、発注者双方とも、この外的環境の変化にいち早く適応したものが優位に立つと言われています。

 一つはAI技術の進化です。AI技術は事業者にとっての機会であると同時に、差別化を難しくする要因でもあります。かつては高度な技術力を持つ事業者だけが構築できたシステム機能が、AIによるコーディング支援の普及によって、より少ない労力で模倣できるようになりつつあるからです。「他社には真似できない独自機能」という差別化の壁が、技術の民主化によって低くなっている側面があります。

 これは発注者にとっては朗報といえるでしょう。模倣が容易になれば、事業者は「技術的な独自性」による差別化戦略に頼りづらくなり、結果として競争環境が維持しやすくなるからです。

 ただし、差別化の手段が技術から別の要素――例えばブランド力や顧客との関係性、あるいは調達手続き上の壁などに移るだけで、競争を回避しようとする事業者の行動原理自体が変わるわけではありません。発注者は、差別化の形がどう変わっていくかを見続ける必要があります。

 もう一つはセキュリティ要件の高度化です。サイバー攻撃の手口が複雑化し、攻撃のスピードが加速する中、セキュリティ対策には高度な専門性が求められます。これは集中戦略が取りやすい環境を生み出します。「当社のセキュリティソリューションでしか対応できない」という構造ができあがると、発注者は選択の余地を失います。

 セキュリティはもともと「誰がやっても一定水準を満たす」という標準化が難しい領域です。ましてやゼロトラストなどの新しい概念が導入され始めると、発注者もその全貌を理解することが難しくなるため「その移行を手掛けた事業者しか運用できない」という状況が生まれやすくなります。事業者にとっては願ったり叶ったりの集中戦略の材料ですが、発注者にとっては移行後もその事業者に縛られ続けることを意味します。

photo03 「AI技術の進化」と「セキュリティ要件の高度化」が競争環境に変化を与える(筆者作成)

 もちろん、AIや高度なセキュリティによって、より良い公共サービスが実現する期待は大きいです。筆者自身、その可能性を日々探っている立場にあります。

 しかし同時に懸念もあるのです。技術が高度化し、ブラックボックス化すればするほど「分からない」「怖い」「面倒くさい」がより深刻になるのではないか。事業者の側は最新技術を武器に競争を回避しようとする。発注者の側はその技術を理解しようとするうちに追い付かなくなる。環境変化は事業者に機会を与え、発注者からは競争環境を奪っていく。このような方向に働くリスクを、発注者は意識しておく必要があるのではないでしょうか。

競争環境を維持するために、自治体が打つべき3つの具体策

 では、発注者はどうすればよいのでしょうか。昨今のクラウドサービスの普及を見ると、どちらかというと競争環境が損なわれる方向に進んでいるように筆者は感じています。事業者が競争を回避しようとする力に対して、発注者は競争環境を維持する力を働かせなければなりません。

 競争戦略論の考え方に基づくと、具体的には次のような方策が考えられます。

  • オープンな標準仕様の採用:事業者が「独自仕様」という形で差別化をする余地を、発注者の側から排除する。差別化は「機能やサービスの質」で競っていただくが、「仕様の独自性」で縛り付けられないようにする。
  • データの可搬性確保:システムが生み出すデータを、他社のシステムでも読み込める標準的な形式で保持する。事業者の差別化が「データ形式の独自性」に依存しないようにする。
  • システムの適切な分割:一つの事業者にシステム全体を委ねず、サブシステム単位で分割して発注する。一つの事業者が全体を握ることで生まれる「集中戦略」的な依存関係を防ぐ。

 これらは以前の記事でも触れた考え方ですが、競争戦略論の裏返しとして改めて位置付け直すと、その意味がより鮮明になります。これらは単なる「技術的な工夫」ではなく、事業者の「競争を回避する戦略」に対する発注者側の「競争を維持する戦略」なのです。

 ただし、競争環境を維持するために、事業者の差別化を全て否定するわけではありません。事業者が機能やサービスの質で競い合うことは、発注者にとっても望ましいことです。問題なのは「仕様の独自性」によって競争そのものを回避されてしまうことです。発注者が維持したいのは、事業者が機能や品質で切磋琢磨する競争環境であって、事業者が「勝負すらしなくてよい」閉鎖的な環境ではありません。

「分からない」を「備えられる」に変える 能動的な調達設計

 競争戦略論を知ることは、事業者の「手の内」を理解することです。将棋で相手がどのような手を指してくるか分からなければ、防御は組めません。事業者がどのような戦略で競争を回避しようとしているかを知らなければ、発注者は競争環境を維持する設計を描けません。

 発注者は事業者と同じ理論を共有しながらも、正反対の目的で使う。事業者は「勝つため」に競争戦略論を学び、発注者は「競争を守るため」に競争戦略論を学ぶ。自治体の調達担当者が競争戦略論に触れる意義は、ここにあるのではないかと筆者は考えます。

 「分からない」「怖い」「面倒くさい」という心理が発注者をロックインに導くという前回の指摘に、今回の視点を加えれば、これら3つの心理に共通する根源は「事業者の戦略が見えていないこと」にあるのではないでしょうか。相手がどのような手で競争を回避しようとしているかが見えれば「分からない」は「分かる」に変わり、「怖い」は「備えられる」に変わり、「面倒くさい」も「やる意味が分かる」に変わるはずです。

 公共調達における中立性とは、単に「公平に扱う」という手続き上の原則にとどまりません。事業者の戦略的行動を理解した上で、競争環境が損なわれないよう設計する――その能動的な姿勢こそが、真の中立性を支える土台になるのではないかと思います。

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