プルデンシャル生命保険における長年の金銭詐取や違法勧誘問題に対し、外部弁護士による調査報告書が公表され、メディアや有識者による分析が相次いでいます。(参考:「再発防止策だけでは、変われない」 プルデンシャル生命が謝罪、30年以上続いた不正の構造的問題は)
「過度な成果主義(フルコミッション制)の弊害だ」「部下が稼げば上司ももうかる仕組みゆえに、マネジャーが不正を黙認する『共犯構造』ができていた」「ガバナンスやコンプライアンス監査の形骸化だ」など──。
どれもこれも、全くもって「ごもっとも」な分析です。報告書が示した再発防止策も、最低保証給の導入や契約後の顧客対応の評価引き上げ、営業推進と管理の分離、営業担当者と顧客の関係が閉鎖的にならない仕組みづくりなど、論理的に納得できるものでした。
しかし、問題の本質はそれだけでしょうか。どんなに「制度」を徹底しようとも、どんな「仕組み」を埋め込もうとも、その中にいるのは「人」です。生身の人間は、ときに論理を超えた行動に走る。どんなにハード面・ソフト面を整えようとも、網の目をいとも簡単に潜り抜けてしまうのが「人」です。
今回の事件に限らず、これまでも不祥事や事故が起きるたびに、私たちはハード面・ソフト面からさまざまな防止策を論じてきました。しかし、歴史が証明してきたのは「どれほど仕組みを固めようと、人がそこにいる限り想定外は起きる」という残念な真実でした。
そこで今回は、制度論の先にスポットを当て、高い成果を求められるエリート集団の「心の動き」と、彼らが抱えがちな葛藤について、私なりの考察を述べてみたいと思います。
プルデンシャル生命保険は「選ばれたプロフェッショナルによるライフプランニング」という高い理念を掲げ、高度な採用と研修システムを誇っていました。
しかし、人は「正しくあれ!」と強制されればされるほど、その正しさに息苦しさを覚え、心理的な逃げ場を失っていきます。そして、その正しさとは逆方向に走りたくなる。「心理的リアクタンス」(抵抗心理)というメカニズムです。
例えば『ロミオとジュリエット』の物語もこの構造です。そして、抵抗心理に過度なノルマやプレッシャーが重なったときに「正規のルールから外れた裏技」や「一線を越えた不正」への心理的ハードルが劇的に下がってしまうのです。
「稼ぐやつが偉い」 プルデンシャル61億円超の不正の根底にある、“制度に書かれていない”空気の支配
はてな「11億円流出事件」から考える「正しい裁量」と「無責任な丸投げ」の違いCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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