Aセグメントのクルマ事情:池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/4 ページ)
約100年前にT型フォードが成し遂げた革新によって、クルマは庶民にも手が届く乗り物となった。その偉業は現在の「Aセグメント」にも脈々と受け継がれているのである。
世界初の自動車ベンツ・パテンテッド・モートル・ワーゲン。1886年に特許登録されたこのクルマを契機に欧州では次々と自動車が作られ始める。ただしそれはお金持ちの道楽にすぎず、社会を支える輸送手段になるとは考えられていなかった(写真:Wikipedia)
自動車が発明されたのは1886年のことだ。諸説あるが、ベンツが特許を取った三輪車が最初ということになっている。筆者は以前、英国で1897に発行された自動車雑誌を読んだことがあるが、自動車が発明されて10年少々という時代だからまだマスプロダクション・モデルが存在しない。ほとんど全てのモデルが手作りで、紹介されているクルマは発明コンテストの作品に近いものだった。
法律的にもちょうど今のドローンのような扱いだった。「自動車は危険なので、警告のためにクルマの前を赤い旗を持った人を走らせること」。これではクルマは人より速く走ることはできない。冗談ではなく英国の法律で決まっていた。有名な赤旗令である。自動車は社会に新たに入ってきた異物で、お金持ちの迷惑な道楽であり、交通手段ではなかったのだ。
Aセグメントが生まれた日
欧州でお金持ちのおもちゃとして成立した自動車を、社会の役に立つ道具に仕立てたのは米国である。1908年にフォードはモデルT、つまりT型フォードを発売し、自動車を再発明するのだ。
T型フォードが成し遂げたことは3つある。1つは部品を規格化したこと。それまでのクルマは一台ずつ部品をすり合わせて組み付ける必要があった。建具のようなもので、職人が1つずつ調整しないとちゃんと組立たない。だから組み立てには熟練工が必要な上、時間がかかった。フォードは部品に公差という概念を持ち込んで、任意の部品を単にねじ止めすれば機能するようにすることで熟練工の必要をなくした。
次に流れ作業方式を発明し、生産に革命をもたらした。一台のクルマをチームで組み立てていくのではなく、ベルトコンベアを流れてくるクルマに特定の部品を組み付けるだけにしたのだ。この方式によって初めて大量生産が可能になり、お金持ちだけのものだった自動車の価格を大きく下げることに成功した。
そして最も大事なのは、特別な技術を持っていなくても、働ける環境を作ったことにより雇用が促進されたことだ。フォードはこの組み立てラインの労働者を当時の賃金相場の倍近い日給5ドルで雇用した。そしてまた、彼らはT型フォードの購入者になっていったのである。
つまり、T型フォードは大量生産システムの構築によって、ポテンシャルユーザーを同時に作り出し、クルマを買う庶民という新しい市場を自ら生み出したことになる。クルマを発明したのはベンツかもしれないが、今我々が日常的に接しているクルマを生み出したのはフォードだ。自動車は欧州で生まれ米国で育ったのである。
さて、なぜこんな話を長々としているかと言えば、「Aセグメント」にとって最も大事なのは庶民の足になることだからだ。ものすごい性能のスーパーカーは自動車の歴史を塗り替えるかもしれないが、社会の歴史を塗り替えるのは庶民のクルマなのだ。だから、実はT型フォードこそが世界で最初のAセグメントカーだったと思うのだ(関連記事:自動車の「セグメント」とは何か? そのルーツを探る)。
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