Aセグメントのクルマ事情:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
約100年前にT型フォードが成し遂げた革新によって、クルマは庶民にも手が届く乗り物となった。その偉業は現在の「Aセグメント」にも脈々と受け継がれているのである。
こうもり傘に4つのタイヤを付けたクルマ
もう1台、今のAセグメントへ繋がる流れとして、筆者が思い出すのは「シトロエン2CV」だ。このあたりは「ワールド・カー・ガイド シトロエン」(ネコ・パブリッシング)を参考に書いていこう。
シトロエンの副社長であったピエール・ブーランジェは、休暇で訪れたフランスの田舎町で、人々が荷物の運搬を手押し車で行っているのを見掛けて衝撃を受ける。自動車が発明されて40年以上が経過しているにもかかわらず、庶民の生活は全く改善されていなかったのである。
ブーランジェはすぐさま新型車の開発プロジェクトを立ち上げる。1935年のことだ。コンセプトは「こうもり傘に4つのタイヤを付けたクルマ」だ。それだけではない。彼は開発チームに具体的な目標を設定する。
「2人の大人と50キログラムのじゃがいもを積んで、60km/hの最高速度が出せ、100kmあたり5リットルの燃料で走れるクルマを設計せよ。しかも農道などの悪路でも、かごに積んだ卵が割れない快適な乗り心地を実現し、女性でも楽に運転できるような構造/操作系でなければならない。価格はトラクシオン・アバンの3分の1だ」。
トラクシオン・アバンとは当時のシトロエンの主力モデルである。シトロエンは当初から大量生産方式を取り入れており、欧州では価格戦略で販売を伸ばしてきた会社だ。つまりそれなりに安いクルマだったのである。その3分の1の価格を目指すということが、いかに大変なことは分かるだろう。開発は第二次大戦の勃発で遅れ、2CVは終戦から3年後の1948年に発売された。しかし、以後、1990年まで生産が続けられ、世界屈指の生産台数を記録するのだ。
2CVの設計目標を眺めると、庶民が現実に困っている事象を開発者が把握し、それをクルマという製品によって解決するのだという意思を感じる。科学も技術も人々の明るい未来に役立つものであろうとしている。そういう意味でAセグメントは、ほぼ20世紀の全ての期間に渡って偉大な役割を果たしてきたのである。
関連記事
- 3つのエンジンから分析するエコカー戦線の現状
今やクルマもエコがブームだ。世の中の環境に対する配慮というのはもちろんだが、利用者にとっても燃費の良いクルマに乗るのは決して悪いことではない。今回は各種エンジン技術を軸にしたエコカーの現状を解説する。 - トヨタの戦略は正解なのか――今改めて80年代バブル&パイクカーを振り返る
トヨタを始め、今、世界の有力な自動車メーカー各社はモジュール化戦略と称し長期計画を進めている。しかし、合理化・最適化の先に、真の進化はあるのだろうか? 今回はそんな問題意識を端緒に、ある面白いクルマの話をしてみたい。 - 1年未満で3モデル! ダイハツがコペンを増やせる理由
ダイハツの軽オープンスポーツカー「コペン」が人気だ。2014年6月に新型を発表したばかりなのに、4月1日からは第3のモデルが予約開始。しかし本来、スポーツカーというのはそうたくさん売れるものではない。ダイハツが続々とラインアップを増やせる理由とは……? - 印象だけ高性能でも――自動車メーカーの罪深い「演出」
PCで細かい操作をするときは、マウスカーソルは動きすぎない方が都合がいい。同じようなことは自動車にもある。アクセル、ブレーキ、ステアリング……しかし市販車の中には、妙な味付けのものも。運転しづらいだけでなく、危険なこともある、と池田氏は指摘する。 - 「週刊モータージャーナル」バックナンバー
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.