京浜東北線・根岸線の架線切断事故にもの申す:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/5 ページ)
いささか旧聞に属する話題で恐縮。会社で職員が失敗したとき、そこに至る事情を顧みず会社側が報道会見で、あたかも「職員のミス」とするような説明があった。報道もそれを受けて「機械に任せていれば問題なかった」などと報じた。とんでもない話だ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
運転士のミスと報じられた「問題発言」
夏休みも終わり、一気に冷え込んだので、遠い昔のように思うけれど、1カ月ほど前にJR京浜東北線・根岸線の横浜駅〜桜木町駅間で架線が切断されるという事故が起きた。架線切断は8月4日の19時10分ごろに発生し、修復は夜通しかかり、運行再開は翌日の始発列車に間に合わなかった。報道では約35万人に影響があったという。
架線事故があった2015年8月4日は、横浜港で神奈川新聞主催の花火大会が実施されていた。このため京浜東北線・根岸線電車が混雑して遅延していたという。私は友人たちとその花火大会を鑑賞していたけれど、現地は混乱していなかった。早い時間帯から警備員さんによって京浜東北線・根岸線の運休が伝えられており、来場者の多くがみなとみらい線方面へ移動。涼しかったせいか、混雑解消まで待機する人も多かった。そのおかげで私たちも近くにいた女性グループと話が弾んで……って、それはどうでもいい話である
原因についてJR東日本は会見で「電車がエアセクションに停車し、起動したところで架線が切れた」と説明した。事実のみを示す正確な言葉選びだった。責任の所在はとても重要だ。業務上の、故意ではない操作が原因だ。JR東日本は正直に言葉を選んで説明していたと思う。
しかし、その後に余計なことを言った。
「ATCでは停まらないところだった」「今後は運転士を再教育する」「運転席にエアセクションを明示する仕組みを作り、再発防止に努める」という趣旨だ。ここで引っかかる言葉は「運転士の再教育」である。
この言葉からは2つの意味を受け取れる。「運転士の認知不足」と「JR東日本の教育の不徹底」だ。運転士の「起動」は確かに直接の原因ではある。しかし、運転士への周知不足は運転士だけではなく、JR東日本側の責任でもある。他の区間では架線柱などでエアセクションの存在を明示していた。当該区間にはなかったという。
ところが、この会見内容をマスコミは「原因は運転士の停車ミス」「ATCに任せていれば起きなかった事故」などと報道した。これでは、まるで運転士が停車させた行為そのものが失敗だったような印象を与える。
そうではない。運転士の停車の操作は正しかった。乗客の安全のために、機械任せの非常ブレーキではなく、手動で満員電車をスムーズに停めた。まったく問題ない。問題は「停車」ではなく「発車」の手順だ。
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