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破たん前と破たん後で何が違うのか JALの金銭感覚水曜インタビュー劇場(JAL公演)(4/5 ページ)

2010年1月、JALが破たんした。訪日外国人客の増加などの影響を受け、直近の決算は絶好調だが、破たん前、社内はどのような状況だったのか。当時の状況を詳しく知る、同社・人財本部の野村直史部長に話を聞いた。

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ひとりひとりは大きく変わっていない


採算が厳しい路線が廃線に追い込まれていく中で……(写真はイメージです)

土肥: 1987年に政府が運営していた国鉄(日本国有鉄道)が分割民営化によって、JRが誕生しました。民間が運営するようになって、採算の厳しい路線は次々に廃線に追い込まれました。民営化前に廃線が決まっていたところもありますが、こうした状況を見てJALで働く人たちはどのように感じていたのでしょうか? 先ほど「自分たちは公共交通機関の一端を担っている。だから利益が出なくてもいいんだ」といった考えがあったと話されていましたが……。

野村: 次々に鉄道の廃線が決まっていきましたが、だからといって社内に危機感はなかったと思います。「まさか自分たちが働いている会社が倒産するはずはない」と信じ込んでいて、「万が一の事態になったら、誰かが助けてくれる」と思っていた人が多かったはず。でも、おかしいですよね。そんな理屈は通じるはずがないんですから。

土肥: 儲かっていない鉄道の路線はなくしても仕方がないけれど、飛行機の路線はなくしてはいけない。いや、なくすはずがない。だってみんなが困るでしょ……などと考えていたのでしょうか。

野村: 「自分たちは公共交通機関の仕事をしているんだ」というヘンなプライドがあったのではないでしょうか。「利益度外視の仕事をしているんだから、自分たちが困ったときには助けてくれて当たり前でしょ」といった感覚がまん延していたのかもしれません。

土肥: そのおかしな感覚から目覚めて、「これじゃあイカン」となった。外部の人から「ここもダメ」「あれもダメ」「それもダメ」とさまざまなことをダメ出しされた。破たん前の自分たちにはダメな点があったので、その部分については“変わろう”と努力されてきました。

野村: たくさんのことに取り組んでいますが、その中のひとつに人財教育があります。新部署を立ち上げて「意識改革」と「人づくり」の教育にチカラを入れてきました。ただ、教育にチカラを入れたからといって、ひとりひとりの社員が大きく生まれ変わったわけではありません。破たん前に、社員は仕事をサボっていたわけではありませんし、無責任なことをしていたわけではありませんし、楽なことばかりしていたわけではありません。ひとりひとりの社員は、目の前にある仕事を一生懸命やってきました。なので、ひとりひとりは大きく変わっていないんですよね。

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