会社勤めをやめ、カフェを開く意味:人と人、人と街をつなぐカフェ(1/4 ページ)
カフェは店主やお客によって育てられると同時に、店主やお客を育てていく。この相互作用を体現しているお店、雑司ヶ谷の「あぶくり」と中板橋の「1 ROOM COFFEE」もそんなカフェと呼べるだろう。
カフェの書架に並んでいる店主の蔵書を読んで共感を覚えたり、混雑したカフェで隣り合わせたお客のスマートな配慮を見て手本にしようと考えたりした経験はないだろうか。カフェは店主やお客によって育てられると同時に、店主やお客を育てていく。人をつなぐ空間にはそんな相互作用が循環しているものだ。
カフェが醸成するコミュニティーも店主自身が成長するにつれて新しい広がりをみせていく。今回は、カフェ運営に携わっているうちに店主自身の視野や交流関係が拡大し、カフェを次の段階へと進化させていった例を2つご紹介したい。
カーデザイナーからの転身
まずは2012年夏、郷愁を誘う都電が走る街、雑司ヶ谷に「あぶくり」をオープンした嶋田玲子さん。勤めていた会社を辞め、自分の理想とする働き方や生き方を実現するためにカフェを開き、やがて経営が軌道に乗ると視野が大きく広がり、地域の人々や街の未来への積極的な貢献を考えるようになった。
あぶくりというかわいらしい響きの店名は、嶋田さんの愛娘が幼いころに創り出した、青虫のおしりから生まれる空想上の生き物の名前に由来する。
かつて本田技術研究所でデザイナーとして活躍していた嶋田さんは、チームが一丸となって一台の車を創造する仕事に大きな喜びとやりがいを感じていた。
「学生時代から皆で協力して1つのものを創り上げていくことが好きでした」
だが、充実した会社員生活は出産を機に一変してしまう。
「育児中の社員は短時間勤務制度を利用して早い時間に帰宅することができますが、それでは夕方から始まる会議などに参加できず、責任ある仕事を引き受けられません」
育児支援制度があるとはいえ、子育てとやりがいのある仕事の両立は現実的には厳しかった。ならば、それができる場所を自分で作るしかない。悩んだ末に決断した嶋田さんは会社を退職し、4カ月後、住まいのある雑司が谷にカフェを開いたのだった。
子育てする母親の視点
飲食業は未経験だった嶋田さんだが、お店作りには夫の洋平さんの頼もしい協力があった。一級建築士であり、らいおん建築事務所の代表を務める嶋田洋平さんはリノベーションによる街づくり、働き方や暮らし方のデザインを提案して数々の実績を重ねている。そのらいおん建築事務所に依頼し、古いビルの2階の空き物件をリノベーションして誕生したのがあぶくりである。
子育て中の女性ならではの細やかな視線と会社員時代に培った分析力が、カフェに他にはない個性をもたらした。界隈にはランチ直前に営業をスタートする飲食店が多い中、あぶくりは、平日は朝10時にオープンして、幼稚園に子どもを送った後の母親たちの交流の場として利用されている。午後から夕方までは小学生以上の子どもを持つ母親たちが遅い昼食をとったり、コーヒーとスイーツを楽しんだりする。
こうしてあぶくりは、まず女性たちに優しい場所として親しまれるようになっていく。メニューにはできるだけ地元のお店が扱う食材を使用したいと考え、雑司ヶ谷の老舗、「赤丸ベーカリー」のパンを使ったサンドウィッチを中心に据えた。
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