謎に包まれたトヨタの改革:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
昨年末に発売となった4代目プリウスは、トヨタの新たなクルマ作り改革であるTNGA(Toyota New Global Architecture)のデビュー商品となった。これは単にクルマ作りの手法が変わっただけでなく、トヨタの組織そのものにも変革を起こした。なぜそうしたことが実現できたのだろうか?
トヨタ生産方式にこそ秘密が?
トヨタはかつてトヨタ生産方式を確立していく過程で、フォードの大量生産方式の欠点を徹底的に学んだ。例えば、世界屈指の強力な労働組合を持つ米国の自動車産業の場合、組合は鋳造、溶接、金属切削などそれぞれの職能ごとにギルドのような仕組みを持っており、需要と工場の稼働状況に応じて、溶接担当が金属切削作業を行うというようなことは絶対に認めなかった。
トヨタは「それは世界一の生産量を誇る大量生産の米国だからできることで、後発で多品種少量生産にならざるを得ない日本では不可能なことだ」と考えた。そこで米国式の単能工に対して、工場で必要となるさまざまな技能をマルチに習得した多能工を養成した。そうすることで、工場操業の柔軟性を確保できる。ある部門では人が余り、ある部門では人が足りないというようなことが起こりにくくなる。
さらにアンドンと呼ばれる装置によって、工場の操業状態を見える化し、どこの工程でどんなトラブルが起きているか、あるいはトラブルにまで至らないが遅れが出ているかを誰もがリアルタイムで把握できる仕組みを作った。そして工程と工程の間にリレーのバトンタッチゾーンのようなバッファーゾーンを作って、遅れが出たら作業の一部を前後の工程にフレキシブルに移動できる仕組みを作り上げた。トヨタ生産方式の凄みを一番感じるのは、管理にエネルギーを割かなくても管理ができる工夫が随所に凝らされていることだ。
工場をマネジメントする専門の部門が、いちいち作業の振り分けや人員の振り分けを指示するのではなく、現場の作業者がアンドンを見ながら自発的に相互カバーを行う仕組みを作ったのである。筆者は前述のエンジニアの「日本人だから」という発言を聞いてこれを思い出した。
つまり、トヨタはその世界に冠たる生産方式の中に、相互に調整し合う機能をそもそも持っていたのではないか? そのために各自が何をしていくのかをシステムに依存せずに実現できているのではないか? その結果、ごく自然に部分最適化から全体最適化へのシフトできた可能性はある。さらに言えば、多くの作業者が、ほかの工程の作業内容を知悉(ちしつ)しており、何が起きているかを容易に想像できるという点も大きいのではないかと思う。
今回の取材で最も意外かつ、重要なのは、この改革手法が彼らの中で明確に決着していないにもかかわらず、実現はできているという点だ。どんなに聞いてもその答えは出てこない。はっきりしているのは改革のスタート点は豊田章男社長にあるということ、そしてリファレンスを共有することによって「良いクルマ作り」を目指したということだけである。
筆者は、生産現場と、部品調達部門にぜひこの続きを聞いてみたいと考えている。TNGAによる改革は実を結び始めているにもかかわらず、その手法はまだ内部ですらはっきりと分かっていないという印象を受けたからだ。TNGAがトヨタ生産方式と並ぶ新たな自動車革命になるのだとしたら、それを知らずにはいられない。この件については近く追加取材を行う予定である。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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