なぜ、山手線に観光列車が走らないのか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/4 ページ)
全国各地で観光列車が続々と誕生している。しかし運行路線は都会から離れたところばかり。もっと乗客を見込めそうな路線、例えば、山手線や大阪環状線、地下鉄で走らせたら成功するはずだ。しかし、こうした「一等地路線」に観光列車は適していない。その理由もレジャー産業の定石が教えてくれる。
閑散路線こそが付加価値ビジネスの本領
観光列車の話に戻す。前々回の連載で、観光列車を「風景や車内での特別な食事、特別なショッピングなど、一般的な観光需要を満たし、定められた区間を専用車両で運行する列車」と定義した。特別な食事、特別な物販、特別な専用車両(空間)、これはまさに、レジャー産業が追求してきた付加価値ビジネスである。
レジャー産業になぞらえれば、観光列車は立地にこだわらない。むしろ裏通りの路線が良い。乗客が少なく、運賃単価の低い路線に観光列車を走らせて、飲食や物販という付加価値を与えて客単価を上げていく。これが観光列車の本領であり、正しいビジネスモデルである。大都市の混雑路線は立地が良すぎて、付加価値を与えても見返りが少ない。しかし、閑散とした地方路線なら、付加価値の高い観光列車を運行して利益を上げられる。
そう考えると、現在の観光列車が都会ではなく地方に存在する理由も分かる。JR東日本が上越新幹線の美術館列車「現美新幹線」を新潟エリアに限定し、山形新幹線の足湯列車「とれいゆつばさ」を福島以北として東京駅に乗り入れない理由も、付加価値が生きる地域を選んでいるからだ。
この法則に反して、都心に観光列車を乗り入れるとしたら、一等地にふさわしい、かなり高い付加価値を持つ列車に限られる。それが博多駅発着のななつ星in九州であり、2017年に登場する豪華列車、上野駅発着の「トランスイート四季島」であり、京都駅・大阪駅発着の「トワイライトエクスプレス 瑞風」である。
冒頭で紹介した北海道の豪華観光列車構想が成立するか否か。レジャー産業の定石から考えれば間違いなく成功する。北海道の鉄道路線は札幌付近を除けばすべて閑散路線。北海道には失礼ながら、ほぼすべて裏通りである。付加価値を高めて客単価を上げる要素は十分にある。レジャービジネスにとってうまみの多い立地だ。
日本の富裕層市場は立ち上がったばかり。しかし中国などアジアの富裕層は今すぐにでも日本で遊びたがっている。流氷、雪原など、南方の富裕層が体験できない自然もある。そこは、ななつ星in九州に勝てる要素でもある。
せっかく北海道新幹線に乗って北海道に上陸しても、さらに列車の旅を楽しむ目的地がない。富裕層を楽しませる仕掛けもない。機会損失も甚だしい。本当にもったいない。JR北海道が尻込みするなら、いっそJR北海道を上下分離し、豪華観光列車運行会社を設立してはどうか。北海道や自治体が発起人となった第3セクターなら、参加する地元企業もあるかもしれない。
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