クルマは本当に高くなったのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
最近のクルマは高いという声をよく耳にする。確かに価格だけを見るとその通りだと思う一方で、その背景には複雑な事情があることもぜひ主張しておきたい。
なぜ高くなったのか?
では、いったいなぜそんなことになったのか。
図は首相官邸ホームページの政策会議資料の中にある平成25年第2回会議資料の一枚だ。日米欧それぞれの名目賃金の推移がグラフ化されている。1995年の各国名目賃金を基準(100)としたとき、2012年の値は米国で180.8、欧州で149.3ある。ところが、日本は87.0と、この18年間で13%もダウンしているのだ。
プレリュードは1982年デビューなので、この資料の起点からさらにさかのぼること13年前の物価なのだが、そこには目をつぶって、あくまでも目安として当時の価格にこの名目賃金の比率を掛けてみる。170万円の現在価値は各国でどのくらい違うのか。米国では307万円、欧州では254万円、日本では148万円になる。
クルマのようなグローバル商品は、国による価格差はそれほど大きくない。せめて欧州の賃金上昇率程度に日本の賃金が上がっていたら、86やBRZやロードスターを若者が購入していた可能性は十分にあるのだ。しかし、欧米にインフレ補正を掛けなくてはならないのと反対に、日本ではデフレ補正を掛けなくてはならない。なんたることだ。
今、日本の物価と給与水準は明らかにおかしい。牛丼が一杯380円という水準はOECD加盟34カ国の中で、もはや最貧国レベルの物価だ。
筆者の友人に企業再生コンサルタントがいる。多くのリゾート物件再生を手掛けてきた彼に話を聞いて驚いた。少し前から、ニセコのスキー場にはオーストラリアやニュージーランドからの旅行者が多数押し寄せている。外国人旅行者はスキー場の2300円のカニ・ラーメンを「日本は物価が安い」と喜んで食べているという。驚くべきことに、この店ではこのカニ・ラーメンが一番人気のメニューだと言うのだ。
こうした旅行者のおかげでニセコでは物価がぐんぐん上昇している。マンション価格も坪単価600万円に達しているという。ニセコの山の中のマンションの坪単価が山手線目黒駅前のタワーマンションに匹敵するのだ。もちろんこれが平均的な話なのかと問われればそうとは言い切れない。欧米ではスキーは富裕層の遊びである。ましてや海外にスキー旅行に出掛けるともなれば選ばれた人々なのだろう。とはいえ、彼らはそういう富裕層だからこそ母国と日本しか知らないわけではない。あちこちのリゾートで遊んだ末、日本の物価が安いと言っているのだ。
だから、こうした外国人にヒヤリングすると、2300円のカニ・ラーメンでは飽き足らず、ミシュランの星付きレベルのレストランがなぜニセコにないのかと尋ねられるらしい。友人は「夏の間どうやって生きていくのか」と苦笑いするが、それほど世界から見て日本の物価は低い。
もう少し普通の例を見てみよう。大手町あたりのサラリーマンが昼食にちょっと良いものを食べたとする。それでもせいぜい1000円から1500円というところだろう。ところがロンドンあたりで同じ感覚で食事をすると2500円から3000円の相場になっているという。
毎日のように報道される中国人観光客の爆買いも、構造は同じだ。「多少高くても良いものを」と買い求めているのではない。「安くて良いものだから買わないと損」なのだ。今や日本の物価は全く先進国水準ではない。そこにグローバル価格の商品を置けば割高に見えるのは当然のことになる。クルマは高くなった。ただし日本人にとってだけだ。
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