東海道新幹線の新型車両「N700S」はリニア時代の布石:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/4 ページ)
JR東海が東海道新幹線向けに新型電車「N700S」を発表した。最高速度は変わらず、最新技術は省エネルギーと安全性と乗り心地に振り向けられた。さらにN700Sには新たな使命として「標準化車両」というキーワードを与えられている。高品質な車両を国内外問わず提供するという。しかし本音は「東海道新幹線の変化に対応し、その価値を維持する」ではないか。
最新技術がふんだんに盛り込まれたN700S
N700AからN700Sへの改良ポイントはいくつもある。大きな柱は「安全性の向上」「駆動システムの小型軽量化」「環境性能の向上」「快適性の向上」となる。
安全性の向上では、ブレーキ、ATC(Automatic Train Control:自動列車制御装置)の改良によって地震発生時からの緊急停止距離を短縮した。台車振動検知システムは車両の異常を検知するだけではなく、線路の異常による台車への影響も察知する。これらを組み合わせれば、車両故障だけではなく災害など外的要因の異常にも対応できる。
台車だけではなく、車両に搭載された機器については監視機能が強化され、その記録は車両基地に設置したデータ分析センターへ送信する。車両の状態を詳細に把握できる。昨年の列車内焼身自殺事故の教訓から、車内防犯カメラの画像をリアルタイムで指令所に送る機能も付いた。車内の保安を強化し、車内で異常が発生した場所を、指令所から車掌に伝達できる。
駆動システムの小型軽量化は、モーターの回転数を制御する主変換装置の小型軽量化と、それに伴って小型化された変圧器とモーターによって達成した。
主変換装置は架線から取り込んだ単相交流電圧を直流電圧に変換するコンバーターと、直流電圧をモーターの駆動に必要な三相交流電圧に変換するインバーターの組み合わせだ。交流→直流→交流という流れは無駄に思える。しかし、単相交流電圧から三相交流電圧に変換するには回路が複雑になる上に、モーターの電圧制御も難しい。そこで、いったんコンバーターという装置で直流に変換した後で電圧をコントロールし、インバーターという装置で三相交流電圧を作っている。
コンバーターとインバーターは、共に大量の半導体スイッチを作動させて電圧を変換・制御している。N700Sは、主変換装置の半導体スイッチ群の素材として「SiC(Silicon Carbide:炭化ケイ素)素子」を採用した。SiC素子は従来のSi(Silicon:ケイ素)半導体と比較して電圧変換時のロスが低く発熱量が小さい。なおかつ高温でも動作できる。
その結果として、主変換装置内の冷却機構を簡素化できる。さらに、JR東海は走行時に受ける風を使った空冷技術も組み合わせた。これで主変換装置自体を小型化できた。主変換装置の電力ロスも小さくなったため、変圧器とモーターも小型化できた。この成果は、消費電力の低減と車両設計の自由度を高めた。
環境性能の向上は、消費電力量の7%減と、先頭車形状の変更によるトンネル突入音など走行音の低下だ。これもSiC素子採用の効果だ。消費電力低減と、各機器の小型化による重量減。さらに、停電時の非常電源として使うバッテリリーを鉛蓄電池からリチウムイオンに変更して、こちらも小型化と軽量化を実現した。
快適性の向上は、乗り心地と電力サービスだ。乗り心地の向上として、列車の横揺れを減らす機構を改良した。従来はダンパーの強さを変えて揺れを抑えていた。N700Sはダンパーに加えて油圧ポンプを搭載し、積極的に揺れを打ち消す仕組みになった。この機構はグリーン車に採用されている。
電力面の改造は座席のコンセントと停電時の対応だ。N700Aでは、グリーン車は全席、普通車は壁側のみ設置されていた。N700Sでは普通車も各座席にコンセントを配置する。これからは通路側の乗客も気兼ねなくコンセントを使える。また、従来は停電時にトイレを使えなかったという。非常電源のリチウムイオン化と合わせて、停電時も一部のトイレに電力を供給する。
N700SとN700Aは、外観上ではわずかな差異だ。しかし、列挙するとこれだけの改良点がある。JR東海はリニア中央新幹線に注力しているけれど、東海道新幹線にも、まだまだできることがある。
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