東海道新幹線の新型車両「N700S」はリニア時代の布石:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/4 ページ)
JR東海が東海道新幹線向けに新型電車「N700S」を発表した。最高速度は変わらず、最新技術は省エネルギーと安全性と乗り心地に振り向けられた。さらにN700Sには新たな使命として「標準化車両」というキーワードを与えられている。高品質な車両を国内外問わず提供するという。しかし本音は「東海道新幹線の変化に対応し、その価値を維持する」ではないか。
編成組み替えと「標準車両」の意味
N700Aまでの新幹線車両とN700Sの大きな違いは「標準車両」という基本方針の採用だ。N700Aまでの東海道新幹線向け車両は16両編成という固定概念があった。この固定概念をN700Sは捨てた。モーターに電流を送り込む機器の配置に関する考え方を変更した。ここで、電車の床下に搭載する機器について理解しておきたい。
例えば、路面電車のように1両で運行する電車は、運転台もモーターも変圧器も主変換装置もすべて1両に乗せる必要がある。しかし、複数の車両を連結する通勤電車では、1両にすべて機器を搭載すると重量が増す上に製造費用が高くなる。そこで考え出された方式が「MM'ユニット方式」だ。モーター付き車両を2両1組として、パンタグラフ、変圧器、主変換装置などは2両で共有する。
2両1組の電動車と先頭車を作れば、最低4両編成で運行できる。あとはMM'ユニットを増やせば6両、8両、10両編成と2両ずつ増やせる。車両は3種類だけだから、列車の数が多いほど量産効果がある。ただし、新幹線車両のように電車の性能を上げると変圧器や主変換装置なども大きくなるため、2両1組の床下には積みきれない。
16両編成が前提ならば、効率の良い大型装置を自由に配置できる。N700Aの場合は4両で1組。それが運転台付き車両の有無で2種類あった。1組となる4両はすべて異なる機能を持っていたから、車両の種類は8種類になる。16両編成では2種類のユニットを4つ組み合わせていた。
この設計のまま12両編成、8両編成を組む場合は、4両1組の数を変更すればいいという単純な話ではない。運転台付き車両にはモーターを搭載していないから、電動車と非電動車の比率が変わってしまう。16両編成の電動車比率は高く、8両編成の電動車比率は低くなる。つまり16両編成と8両編成は同じ性能にはならない。
そこで8両編成を組む場合は運転台付き車両も電動車とし、新た4両1組の設計をやり直す必要がある。N700Aは東海道・山陽新幹線用の16両編成のほかに、山陽・九州新幹線用の8両編成がある。ただ車両数を減らして内外装の意匠を変えただけではない。専用に設計している。
かつて0系、100系は、東海道・山陽新幹線向けの16両編成を8両や6両に短縮し、山陽新幹線内専用に使い回した。これはMM'ユニット方式だからできた。500系は4両1組の設計だったから、短縮するために改造の手間ひまを要した。その教訓から、3両1組で設計された300系の編成短縮は実施されず、700系以降は初めから8両編成を新造している。
N700Sは16両編成が前提の4両1組方式をやめた。SiC素子の採用で床下の機器が小型化され、機器の分散配置の必要がなくなったからだ。それまで6種類あった電動車を2種類に減らし、先頭車2種類と合わせて4種類にとどめた。その結果として、N700Sは16編成以外の編成車両数にも対応できる。もう東海道・山陽新幹線専用ではない。短編成で運用したい新幹線にも通用する。これが標準車両の意図である。
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