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トヨタと職人 G'sヴォクシーという“例外”池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

恐らく世の中で売られているあらゆるクルマの中で、最も厳しい要求を受けているのが5ナンバーミニバンである。今回はそのミニバンを取り巻く無理難題について伝えたい。

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ミニバンを取り巻く無理難題

 さて、その大黒柱がどんな無理を背負っているのかを検証してみよう。

 まずはボディ剛性だ。左右に2枚ずつのドア、後ろにテールゲートがあり、その開口部がいかに広いかが商品力競争の重要なポイントだ。人の乗り降りにしても、荷物の積み降ろしにしても影響は大きい。

トヨタの5ナンバーミニバン中、最も高いグループに入る332万円のノアSiハイブリッド
トヨタの5ナンバーミニバン中、最も高いグループに入る332万円のノアSiハイブリッド

 ボディのほとんどが開口部ということは構造強度が出ない。ましてや乗降性の確保のために床板は低く、薄く、段差なしでと制限されるから、頼みの綱であるサイドシル(敷居)すら剛性負担にろくに利用できない。構造体として見れば、ゲーム終了間近のジェンガのような有様で、これでボディ剛性を出せと言われて机を叩かないエンジニアはよほど人間ができているか、マゾだと思う。

 シートは当然3列7人もしくは8人分が必要で、多彩なシートアレンジが求められる。やれ収納したらフラットな床になるようにだの、倒したらベッド代わりに使えるようにだのと言われるから、構造が複雑化して重量とコストが増加する。

多彩なアレンジが求められ、ショールームでの商談の決め手の1つとなるシート
多彩なアレンジが求められ、ショールームでの商談の決め手の1つとなるシート

 車高が高いので重心は否応なく上がる。クルマには固有のロール中心軸というものがあって、これと重心位置がどのくらい離れているかは、クルマを倒すテコの長さに該当する。だから重心が上がるのはマズい。しかも側面積が大きいので横風の影響も大きい。宿命的に遠心力や横風でクルマを横倒しにしようとする力がかかりやすい。だからサスペンションを硬くして、そういう力に対して持ちこたえたいのだが、「ファミリーで使うクルマなので低速での乗り心地は快適に」と要求される。

 空気抵抗は前面投影面積と空力係数の積で決まる。ミニバンは前面投影面積が巨大だし、積載能力を考えればテールゲートはできるだけ垂直にしたい。となれば、そこは形状的に乱流を起こしやすいため空力係数でも不利だ。加えて前述のようにクルマは重い。だが、低燃費にしろと言われる。ぐっと堪えて飲み込むと、7人と荷物を積んだときに遅いと言われない動力性能も確保しろと言う。

 挙げ句の果てに、乗り出し300万円は譲れないから車両価格は200万円台中盤に納めよと来る。これが全部叶えられるなら、ラクダは針の穴を対面通行できるだろう。

 書いていてもツラいが、追い打ちで「ハイブリッドモデルも必要だよね」。この限界的なパッケージのどこにバッテリーを積めと言うのだろう。筆者なら3列目のシートを放り出すだろう。

 5ナンバーミニバンはそういう無限とも思える無理難題を、忍の一字で形にしたものすごい製品だ。産業側から見ればそういう結論にならざるを得ないのだが、クルマとしてどうかと言われれると今度は筆者が苦しい。ユーザーに設計者の苦労をおもんばかって評価しろとは言えない。

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