廃線危機から再生、「フェニックス田原町ライン」はなぜ成功したか?:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/5 ページ)
福井県のローカル鉄道、福井鉄道とえちぜん鉄道が相互直通運転を開始して3カ月。乗客数が前年同期比2.9倍という好成績が報じられた。「幸福度ランキング1位」の福井県は、鉄道を活用して、もっと幸福な社会を作ろうとしている。
10年以上かかった直通運転
元々、福井鉄道福武線とえちぜん鉄道三国芦原線は、田原町駅で乗り換え可能だった。田原町駅は三国芦原線の中間駅で、福井鉄道の終点でもある。相互直通開始以前は、福井鉄道の線路を延長すると、三国芦原線に接続できそうなところで切れていた。その様子を見れば誰でも「いっそのこと、つないでしまえば良いのに」と思っただろう。
実は過去にこの線路はつながっていたという。福井鉄道が田原町駅を建設する際に、京福電鉄の線路を使って資材を輸送した。京福電鉄の田原町駅は現在の位置より西側にあったけれども、福井鉄道の田原町駅開業を機に現在地に移転し、乗り換えの便宜を図った。ただし直通運転の計画はなく、接続線路は撤去された。これが「つながりそうで切れている線路」の理由であった。
私が知る限り、両社の相互直通運転の構想は2005年以前からあった。2005年6月22日の中日新聞記事で、懸案だった直通運転の工事着手延期が報じられている。2004年の福井豪雨の復旧工事を優先したからだ。鉄道の被害はJR越美北線(九頭竜湖線)の鉄橋流出が甚大で、えちぜん鉄道、福井鉄道の被災記録は見当たらないけれども、福井市の被害は大きかった。相互直通の新規工事より復旧の優先は当然だ。
福井鉄道が存続と廃線で揺らいでいる間も、福井駅延伸計画の検討は続いていた。福井鉄道の支援の枠組みが決まったことで直通運転計画も再び動き出し、2010年には福井鉄道、えちぜん鉄道、福井県、沿線自治体が合意し、整備予算が了承された。当時の計画では2013年に実施、福井鉄道の車両がえちぜん鉄道へ片乗り入れ、運行区間は当初構想では福井鉄道福武線浅水駅〜えちぜん鉄道鷲塚針原駅間。後の計画決定は福井鉄道福武線全線〜えちぜん鉄道西長田駅間で2015年までに実施すると改められた。
その後、経費見直しのため運行区間をえちぜん鉄道鷲塚針原駅までと短縮。また、工事について両社の信号システムの調整、LRT(ライトレール)化にあたってホームの改修などが必要となるなど紆余曲折もあり、工事期間は1年延期した。この間、運賃面では両鉄道の一体化案もあったものの、結局は初乗り運賃分をそのまま乗り継ぎ割引に適用するなどで決着。えちぜん鉄道、福井鉄道の双方でLRT車両を発注するなど準備を進めた。初期の構想から10年以上もかけて、待望の相互直通運転が実現した。
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