なぜそこに駅はできるのか?:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/3 ページ)
今年3月から4月にかけて、全国で6つの駅が開業する。共通点は「請願駅」だ。地元の自治体が鉄道会社に働きかけ、費用負担を条件に駅を設置する。鉄道会社にとっては受け身な方法と言える。もっと積極的に、戦略的に駅を設置しても良いと思う。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
2017年3月4日のダイヤ改正で、JR北海道は10駅を廃止する。利用客が少なく今後の増加も見込めず、維持費は老朽化に伴って上昇し続ける。寂しいけれどもやむを得ない。駅の廃止は、地元のわずかな利用客にとってはサービス低下になる。一方で、用もないのに停車する駅を通過するようになることで、路線にとっては列車の所要時間が短くなり、サービス向上につながる。
鉄道会社にとって駅は収入源である。鉄道会社の輸送サービスの入り口であり出口でもある。一方、路線全体にとって駅は所要時間を低下させる障害物とも言える。鉄道会社にとって駅には利点も欠点もあって、そのバランスの上で成り立っている。乗降客数が少ない時間帯があれば、快速や急行などを設定して通過させてしまう。すべての時間帯で乗降客数が少なければすべての列車を通過させる。こうなると駅は必要ない。廃止だ。
逆に、乗客が見込める場所には駅を設置する。今回のダイヤ改正ではJR西日本が3月4日に「河戸帆待川駅」「あき亀山駅」「寺家駅」を開業する。3月25日には三陸鉄道が「十府ヶ浦海岸駅」を開業する。JR東日本は4月1日に「郡山富田駅」を開業する。時期は未定だけど、秩父鉄道は3月中に「ソシオ流通センター駅」を完成し開業させる意向だ。
これら6つの新駅は、鉄道会社が積極的に開業を決めたわけではない。「請願駅」といって、所在地の自治体の要請で作られる駅だ。「自治体が駅を作ってください」と鉄道会社に相談し、建設費用の一部または大部分を自治体が負担する条件で設置が決まる。
正直なところ、鉄道会社としては駅を増やしたくない。その理由は建設費や路線の信号設備の変更などで初期費用が膨大だから。そして、開業させれば維持費もかかる。乗客が少なければ赤字を抱え込んでしまう。既に大規模団地があるならともかく「これから開発します」という場所に先行投資をする余裕はない。
JR東海の三河塩津駅はかなり戦略的
新規開業路線を除くと、近年の新規開業駅のほとんどは請願駅だ。いや、新規開業路線も「請願路線」である。鉄道会社が戦略的に全額費用負担で路線を延伸する例はほとんどない。ただし、駅はいくつかある。膨大な建設費と想定される維持費、路線の所要時間を延ばすという欠点を踏んでも作りたい。そんな駅はかなり戦略的だ。
その例の1つがJR東海の「三河塩津駅」だ。1988年に東海道本線の蒲郡駅と三ヶ根駅の間に作られた。付近には蒲郡競艇場(BOAT RACE蒲郡)があり、名古屋鉄道の蒲郡競艇場前駅がある。東海道本線は蒲郡競艇場前駅の北隣を通っている。そこに新駅を作った。「名古屋や豊橋から競艇場に通うお客さんをごっそりいただこう」という魂胆が丸見えの、気持ち良いくらいに攻めの姿勢で作られた駅だ。
今まで豊橋方面から蒲郡競艇場を訪れた観戦客は、東海道本線に乗り、蒲郡駅で名鉄蒲郡線または無料送迎バスに乗り換えていた。名古屋方面から訪れる場合も同様で、東海道本線の蒲郡駅で乗り換えるか、名鉄本線に乗り、新安城駅で名鉄の西尾線、蒲郡線に乗るか、名鉄本線の東岡崎駅から無料送迎バスに乗り換えた。三河塩津駅開業後、豊橋からも名古屋からも、東海道本線で乗り換えなしで行ける。
三河塩津駅という思わぬ伏兵の登場で、名鉄蒲郡線は窮地(きゅうち)に立たされた。元々乗降客数が少ない上に、まとまった集客がある競艇場の観戦客まで奪われた。おかげで名鉄蒲郡線は廃止論議がくすぶっている。
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