伊豆戦争が再び? 東急VS.西武の争いはそれほど悪くない:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/5 ページ)
東急グループの伊豆急行で新たな観光列車が誕生する。かつて伊豆や下田などをめぐって、東急グループと西武グループが争っていたが、今度の戦いはちょっと様子が違う。両社の沿線の人々にとって楽しみが増えて、両社の沿線の価値を上げる効果が大きい。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
地方ローカル線の救世主として、各地で観光列車が誕生している。その流れはついに東京近郊に届いた。2016年4月、西武鉄道は池袋〜西武秩父間などで「旅するレストラン 52席の至福」を運行開始。同年7月、JR東日本は小田原〜伊豆急下田間で「IZU CRAILE」を運行開始した。さらに2017年7月から、東急電鉄と伊豆急行は横浜〜伊豆急下田間で「THE ROYAL EXPRESS」を運行予定だ。いずれも観光列車の3要素「特別な車両」「特別な食事」「特別な物販」を兼ね備えていて、“秩父と伊豆の観光列車合戦”という構図が浮かび上がる。
しかし、かつて東急グループと西武グループが「伊豆」で繰り広げた競争の再来ではない。お互いに利点を分かち合う要素もある。そのカギは、西武鉄道と東急電鉄を直通する座席指定列車「S-TRAIN」の存在だ。
「IZU CRAILE」はレジャー産業の定石
「IZU CRAILE」は女性の利用を強く意識した観光列車だ。車体は白地に薄いピンク色を基調とし、側面に桜の花を配したロゴマークや、「桜」「海風」「さざ波」の模様をあしらっている。客室は伊豆の自然をイメージした和モダンをテーマに、海側に向いたペアシート、2人用の向かい合わせ座席、グループ向けのコンパートメントを用意する。おしゃべりを楽しむ女子旅向けのデザインだ。料理の監修は女性に人気のフランス家庭料理レストラン「モルソー」のオーナーシェフ、秋元さくら氏。どこまでも桜にこだわった桜色の列車だ。
全国に、食事や弁当販売を提供する観光列車は約80もある。その中で明確に女性層をターゲットに打ち出した列車は「IZU CRAILE」が初となる。これまでも「フルーティアふくしま」(JR東日本)、「TOHOKU EMOTION」(JR東日本)、「或る列車」(JR九州)など、女性が好みそうなスイーツをメインとした列車は存在する。しかし、これほどまでに女性層に的を絞った列車は珍しい。
考えてみれば、本来、レジャー・リゾート産業は女性層を強く意識した業態だ。なぜなら、女性が集まるところに男性も集まり、結果として男女とも集客できるからである。海、高原、山岳、スキー場などは女性向けを意識した場所のほうがにぎわう。都市型レジャー産業はもっとあからさまで、かつてのディスコ、今風のクラブは女性が無料だったり、入場料金を割り引いたりする。
旅行産業も女性をターゲットに成長してきた。古くはアンノン族と呼ばれる世代だ。1970年代に創刊されたファッション誌『an・an』『non-no』の旅行特集に導かれて旅する女性が増えた。採り上げられたスポットは人気を集め、例えば、高級別荘地の軽井沢は「5000円で軽井沢」と呼ばれるほど手軽な観光地になった。現在も旅行業界の牽引力は女性が握っていて、JR東日本が展開する「大人の休日倶楽部」では、催し物、企画旅行で最も多い層は70代の女性だ。
1970年代に20〜30代だったアンノン族は、現在、60代後半から70代である。「IZU CRAILE」のメインターゲットは元アンノン族、という仮説も成り立つ。「IZU CRAILE」のデザインは若年層向けに仕上げているが、高齢層も好むのではないだろうか。男たちがいくつになっても無邪気でいられるように、女性たちもいくつになっても乙女だからだ。
こうした背景を考えると「IZU CRAILE」の女性向けアピールは、差別化と言うよりも、リゾート・レジャー産業の定石を踏まえた企画だ。観光列車はようやく女性を意識する段階にたどり着いたともいえるだろう。
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