トヨタGRカンパニーとは何か?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
トヨタは2016年4月、巨大な組織を7つのカンパニーに分割。その1年後、予想外の部署が新たなカンパニーとして加えられた。それが「GAZOO Racing Company」(GR)だ。
GAZOOのクルマづくり
GAZOOは改革の本拠地として機能してきた。例えば一昨年、トヨタの大改革として打ち出された「TNGA(Toyota New Global Architecture)」もその詳細な説明が最初に行われたのはGAZOOのサイトである。中古車画像検索システムに端を発したGAZOOは、トヨタのファクトリーチューニングカーであるG'sブランドでクルマ作りにも乗り出した。
G'sはあのエアロパーツと扁平タイヤで装ったコスメティックカー然とした外観にそぐわず、乗ってみると実に良くできたクルマだった。筆者はトヨタ全車がG'sになれば良いと、当時も今も思っている。できれば外観は素のままで。
なぜG'sがそれほどまでに良かったかと言えば、クルマの骨格となるシャシーからしっかり手が入れられているからだ。例えば、ノア。5ナンバーミニバンであるノアは乗降性のために床板を薄く低くしたい。しかもバリエーションによっては4WDやハイブリッドの臓物を納める必要があるために床下の場所取りの競争率がとてつもなく高い。だから邪魔な燃料タンクを車両左側に薄く長く配置した。しかも樹脂ではなく金属製だ。これをボルト止めした結果、斜交いのように作用して左半分だけ剛性が上がり、シャシーの左右の剛性バランスが変わってしまった。G'sではこの剛性のバランスを是正するために右側の床下につっかい棒の補強材を配置し、左右の剛性を合わせるチューニングがされている。
スポット溶接も増やされた。必要な場所にスポットを増し打ちすることで乗り心地もハンドリングも向上する。真面目で手間のかかる対応だが、クルマは確実に良くなる。そこには1つの疑念がある。そもそもなぜノーマル車のスポットが省かれているのか? その理由がコストダウンであることは誰でも分かるが、性能とトレードオフしてまでそこでコストを追求する意味が分からない。トヨタのエンジニアに食い下がってようやく聞き出したのは、バブル崩壊の後遺症だった。1990年にバブルが崩壊した後、自動車メーカーは一斉にコストダウンに走った。その中で「スポットをどれだけ減らせるか」という、今から考えるとバカバカしい競争が行われた。
それを反省し、スポット減数と引き替えに失われた性能を取り戻すために、G'sはスポットの増し打ちに取り組まねばならなかった。G'sがやはりトヨタの遺伝子を持っていると思わざるを得ないのは、そのスポットの打ち位置をすべてデータベース化していたことだ。今では鍼灸に使うツボの一覧表のように、どこにどうスポット溶接を打つと、どういう症状が治るかが一覧表になっているという。
このツボ一覧表はすでにトヨタの開発陣全体の資産となっており、新型車の設計にツボ表は広く取り入れられている。「最近の新型車は図面を見てもスポットを打つ場所がもうないんですよ」とGRのエンジニアは笑う。しかしG'sで取り組んできたことが現在のトヨタの「もっといいクルマ」にすでに大きな影響を与え始めているということでもある。
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