郷愁だけで鉄道を残せない しかし、鉄道がなくても郷愁は残せる:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/4 ページ)
JR九州の株式上場からもうすぐ1年。上場準備中に熊本地震に見舞われ、上場後も豪雨災害や台風被害により不通区間が増えている。民間企業となったJR九州は、全ての路線を復旧するつもりはなさそうだ。災害は地域に鉄道の存在価値を突き付ける。もし鉄道の存在意義が観光誘客だというなら、鉄道「事業」にこだわる必要はないかもしれない。
鉄道事業を廃止しても、鉄道の郷愁は残せる
自治体が鉄道を維持して成功した例もある。ひたちなか海浜鉄道(茨城県)がその筆頭で、地域の人々と連携し、利用促進に尽力して、延伸まで果たそうとしている。他にも、観光列車やイベントを開催して集客し、地域にとって貢献していると解釈できる第三セクター鉄道もある。極論すると「地域と合意できており、地域の人々が満足していれば、鉄道は赤字でもいい」。自治体予算を注ぎ込む価値が見いだせるなら。
しかし、意地や郷愁で鉄道を残し、赤字決算だ自治体補填(ほてん)だと騒ぐようであれば、鉄道事業としての線路の維持はやめた方がいいかもしれない。そう考えるようになった理由は、この春に訪問した旧神岡鉄道の「ガッタンゴー」(岐阜県飛騨市)がきっかけだ。神岡鉄道の廃止後、有志がレールに乗るマウンテンバイクを組み立て、アトラクションとして提供している。温泉に入って食事だけ、という観光に満足できる人は湯治客だけ。娯楽が必要だ。そこにガッタンゴーがハマっている。適度な運動で、汗をかいたら温泉が心地よい。
ガッタンゴーの発案者が、テレビの取材に答えていた。年間の売り上げは6000万円という話に驚いた。もちろんレールや車両の維持管理、人件費もあるから、利益は低いだろう。しかし、現地を見て、これが年間6000万円を生み出すと思えば、悪い商売ではなさそうだ。現在は運行区間を延ばす計画もある。観光政策事業だから利益分配より設備投資が優先だ。それで魅力が増し、観光客に喜んでもらえる。全国の他の廃線観光地を俯瞰すると、レールのマウンテンバイク、車両の保存や体験運転などで盛り上がっているようだ。
一方で、鉄道事業を維持した第三セクターの苦しさ。由利高原鉄道(秋田県)の不正会計処理も記憶に新しい。赤字を小さく見せるため、年度内に計上すべき除雪費を翌年度に繰り越した。その金額は354万円。3年間の累計で511万円。たったそれだけ、と思うけれど、不正だ。由利高原鉄道の16年度の経常損失は9293万円と過去最大だった。わずかな金額でも、354万円の除雪費を繰り越せば9000万円を下回る数字になる。公募社長が少しでも数字をよく見せようとした気持ちは分かる。きっと赤字に対する自治体からのプレッシャーも相当なものだったのだろう。
鉄道を維持して約9000万円の赤字。鉄道を廃止して観光開発して、約6000万円の売り上げ。赤字と売り上げという比較は乱暴だけれども、この数字を聞いてしまったら、鉄道事業を維持することが、本当に地域の活性化にとって良いことかどうか。鉄道ファンの私も考え込んでしまう。
北海道のJR日高本線では高波被害で路線の大部分が運休している。沿線自治体は被害の軽微な区間は鉄道で復旧させ、被災部分は道路とし、線路と道路の両方を走行するDMV(デュアル・モード・ビークル)で直通しようと考えているようだ。DMVは実用面に少々疑問はあるけれども、珍しい乗りものとして観光資源になる。ただし、日高本線で観光資源を取り込むなら、サラブレッド産地にちなんで、線路のしっかりした区間で馬車鉄道を営業した方が楽しいと思う。いっそ廃線観光に切り替えてしまったらどうか。私も鉄道馬車に乗ってみたい。
赤字の鉄道事業を維持すれば観光の一助にもなる、と考える人は多いだろう。しかし、廃線観光もまた、鉄道としての楽しみ、かつての鉄道への思いという意味で、そこに郷愁は宿っているような気がする。気がする……と弱気な理由は、私の中で迷いがあるからだ。現役の鉄道路線がいいに決まっている。しかし、観光に絞って考えれば、廃線を恐れる必要はないかもしれない。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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